第59話 兄弟と豚まんですが、なにか?
「やっぱり豚まんは美味しいわね?」
問いかけるように、目線を隣少し下へ。
日野弟君だ。
彼には少し大きい豚まんだが、美味しそうに食べてくれている。和む。
今居る位置は、エスカレーターと階段を乗り継ぎ来た京都駅の上層階、何だかよく解らないオブジェの側に腰を落ち着けている。
まだ、しどー君から連絡が来ないので、難航してるのかもしれない。
さておき、
「はい!
あとありがとうございます!」
「いえいえ、いつも妹が世話になっているだろうし、これぐらいは」
いい子だ。
「……」
そんな弟君を挟んで反対側、私を観てくる視線がある。
日野兄である。
とりあえず、私は用がないのでスルーしている。
「お兄ちゃん……食べる?」
「……いやいい」
勝手について来たのだから気遣わなくても良いと思うが、私も妹にはするだろうし、判らなくもない。
「仕方ないわね」
一個入りの箱を取りだし、彼に緩い線を描く軌道で投げる。
キャッチした彼は驚いたような顔をして私を観てくるので、
「弟さんに感謝しなさいな。
食べるなら美味しく食べて欲しいから、気残りはして欲しくないの」
「……ありがとう」
毒気を抜かれたように頭を下げてくれる。
明日の朝御飯分が無くなったのは嫌だが、私の気残りにならない方が優先だ。
「何かで返してくれたらいいわよ」
あてにしてはいないが。
さておき、弟君に目線を向ける。
「さて、最近、妹……
「えっと、言いづらいんですが……なんか、最近綺麗になっているというか……いえ、元々美人さんではあるんですが、綺麗にするようになったというか……」
モジモジと恥ずかしそうにしながらも素直に述べてくれる。
お洒落を教えた効果が出ているようだ。
とはいえ、
「眼鏡で飾り気が無かった妹の時点で美人と言えるのはちゃんと観ているわね?
偉いぞー?」
「……ありがとうございます」
ちゃんと誉めてあげると、顔を赤らめてくれる弟君。
誉めると言うのは良い男を作るには重要だ。自己肯定感が上がり、自信がつくので、活動的になり、魅力も益々増すのだ。
しどー君で実証済みの理論で、頭ごなしに否定したり、甘やかしたりするだけでは為にならないのだ。
「他に、何か気づいたことある?」
「えっと、好きな人の話を聞くと、本当に幸せそうで、複雑です……」
「そればかりはね……」
本人、弟君の好意に気付いてないから、恐らく物凄いのろけて、少年心にダメージを与えている気がする。
鈍いのは罪だ。
「とはいえ、最近の
見てる分には嬉しいです」
「最近?」
「はい、前まではふとした拍子で弱気になっていたので」
初耳……、多分に私へのコンプレックスが出たりとかだろう。
そう自己解釈をしようとすると、
「クラスでは浮いてたみたいだし、それだな……」
「詳しく聞かせろ、
彼が独り言のようにこぼした言葉に私は、すかさず突っ込んだ。
「えっと、顔怖い」
「早く言え、私は妹思いなのよ」
女に言う台詞じゃないだろうとひっかかりつつ、睨み付ける。
「……まず好きな人と似た顔で睨むのは止めて欲しいよ。
えっとだな、風紀委員で融通が利かなかったりして生徒会を盾にしてるとか、成績を振りかざすとかで浮いてるとか話を聞いてる。
そんなことは無いのになー」
「成る程……」
真面目で、消極的な妹だ。
マジメガネなしどー君に抱いていた気持ちを思い返せば理解できる話で、妹フィルターを外せば私自身苦手意識を抱く可能性がある。
そういえば、妹は学校の話をしたがらない。
「虐めには?」
「聞いていないから、大丈夫だと。
最近は柔らかくなって、評価が改まっているみたいだし」
「……良かった」
一呼吸。
もし、妹が虐めとか聞いたら乗り込んでいたかもしれない。
「一つ答えたから逆に聞いていい?」
「……いいわよ」
私が聞いた手前、邪険にするのもあれなので発言を許す。
「初音さん、いや、あんたにとっては妹さんか、その好きな人ってどんな奴だ?」
自然な質問だ。
とはいえ、二股男……二股させている男とは言えないわけで。
「マジメガネ」
「へ?」
端的に答えすぎた気がした。
語感が良すぎるのが悪い。
「真面目で眼鏡で、正義感が強い人……常識がズレてたりするけど、ちゃんと内面を観てくれる真摯な人よ」
あそこがデカイとか、性豪だったりとか、寝ている間の寝顔が可愛いだとか、時折の真剣さにドキッとするだとかは抑えた。
ノロケる時ではない。
「
「……どうでしょうね?
何でそう思ったの?」
「だって、
おっと、子供の洞察力を侮った。
私だって恋する乙女なのだ。
「内緒よ、ふふ」
ただ、そう笑みで誤魔化しておく。
「そしたらだな……「ちなみに、私と彼をくっつけるために協力するとか言ったら、あんたの貧相なモノ握りつぶすから」……はい」
よくある
燦ちゃんがこれ以上に
「仮に私が妹と同じ人が好きでも、自分でやらないと意味無いと思うわよ。
日野君にも言い聞かせるように言うけど」
「それはどうも。
でも、先ずはライバルに勝たなきゃ意味無いと思うが。
サッカーをやってるが、フィールド出る為には周り、先輩や同輩に勝たなきゃならなかった訳で」
バツが悪くなったのか、ぶっきらぼうに返してくる日野君。
とはいえ、
「まぁ、それも一理あるわね。
で、サッカーやってんだ」
承認欲求を刺激してあげる方向に話題を切り替える。
自分の経験を話題に出した場合、否定から入ると人生の否定と捉えがちになるので、先ずは一旦、興味があるような口調でオウム返しだ。
敵にしたいわけではないので言い返すのは愚策だし、恋愛観を詰めたいわけでもないのだ。
「ぉ、興味ある?」
「あんま知らないけどね。
フィールドに出るってことは実力はあるのね?」
「まぁな」
気分を良くしたのか笑いかけてくれる。
チョロいぜ。
「君は?」
「僕はあんまり……」
日野弟君に話題を振ると、申し訳なさそうな俯きが返ってくる。
うーん、可愛い。
ショタに目覚めてしまいそうだ。
目覚めないが。
「弟は何も出来ないからな……」
もし、その日野兄が小馬鹿にしたような態度だったら、私は瞬間沸騰しただろう。
けれども、日野兄は心底心配そうな顔つきなのを観、
「……お節介なのは私と一緒ね」
私の妹への態度と被った。
何も出来ないと決め付けて、過保護にしたのは確かだ。
今もかもしれない。
姉としてと息巻いていたが、本人にとってはプレッシャーだったのはこの前の件から間違いない。
だから、少しずつ、やりたいと言われたらやらそうとも考えている訳で……
「そんなことないよー!」
そんな思考を立ちきる幼い言葉。
「お兄ちゃんが小学生の時より勉強できるもん!」
「……だったら、一人で夜中トイレに行けよ?」
「ケチ―!」
観れば小学生相手にムキになる高校生の様相を示しており、
「ふふっ」
笑みが沸いてきてしまった。
「……
「メンゴメンゴ。
難しく考えてたのが馬鹿らしくなっちゃってね?」
突然の笑い声に怪訝そうにされまので、謝罪を述べながら、
「お兄さんのこと、嫌い?」
「嫌いじゃないよー!」
そんな少年の無垢な笑顔と、妹が最近、見せてくれる表情が被り、どこか救われた気がした。
『テロン♪』
スマホが鳴り、表に表示されたのは妹の名前。
どうやら終わったらしい。
中身を見ようとするが、また鳴るスマホ。
しどー君だ。
『燦を送ったあと、合流して一緒に帰ろう』
『帰宅デートよね、了解』
と嬉しくなりながら送る。
「さて、私は行くわ。
今日はありがとうね、弟君」
「豚まんありがとうございます!
ほら、お兄ちゃんも!」
「……ありがとな」
兄の方から言えよと思うので、
「日野兄はさっき言った通り貸し一ね。
弟君の分もで貸し二に増量してあげる」
「……わかったわかった。
また、会ったら挨拶ぐらいは許してくれ。
まだ聞きたいことはあるし」
「まあ、いいわよ?
とはいえ、妹の前で間違えないように気を付けなよ?
それでは!」
と、弟君に小さく手を振って、私はその場を後にしたのであった。
なお、この貸し二が役立つとはこの時点では欠片も思っていなかった。
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