第71話 姉来襲な妹だけど、どうしよう。

「だれ、あれ……?」「なんか、風紀委員の初音さんに似てない?」「ぇっと……あの制服って……」


 クラス外からも人が集まってきたようだ。

 姉ぇが注目を集めることに嬉しそうに笑みを零す。

 こればかりは注目を集めたくない自分とは逆の思考をしていると、姉妹ながら思う。


「おっと、どいてくれ」


 誠一さんも遅れて、人を割って入ってくる。

 眼鏡をしていない、外向きの誠一さんだ。

 周りから、あのイケメン、誰とも聞こえてくる。


「いい、聞きなさい?

 この写真に乗ってるのは私、妹じゃない。

 観ればわかるでしょ。

 わかんない?

 あっそぉ、わかんないのに、誹謗中傷するんだ。

 へー」


 姉ぇはニコリと六人をあざける様に笑う。

 そして日野君を止めていた二人に向き攻撃対象に定めて、


「所詮、二流よね」


 人は心底コンプレックスに思っていることをストレートに言われると、一瞬思考を放棄してしまうモノみたいだ。

 野次馬含め誰も彼もが言葉を失う。


「あ、聞きたい?

 私の通ってる高校?

 舞高よ?

 制服見ればわかると思うけど」


 クラスの中外問わず、すべり止めでここに入ってきた人が多い。

 そうでなくても高校受験を行ったものにとって、偏差値は脳裏に刻み付けられている。

 私だってそうだった。

 この時点で、姉ぇのマウントが確実なものになる。


「ちなみに私は非処女で彼氏持ちね?

 これ彼氏。

 あなたは?」


 追い打ちをしようと、誠一さんに抱き着き、姉ぇは片割れに問いかける。


「な、ないです……」


 震えながら言い淀む。

 そりゃそうだ、普通は無い。


「不純よ!」

「何をもって不純なのかなー、いってみー?」


 姉ぇは楽しそうにニヤリと笑い、叫んだもう一方の女子にすかさず突っ込み、獲物に定める。


「不純なものは不純なのよ!」

「馬鹿かこいつ」


 心底がっかりとため息、そうレッテルを張り付ける姉ぇ。

 罵倒が飛んでくるとは思ってもみなかったのだろう、その人は一瞬呆け、次には顔を真っ赤にして、


「馬鹿って……!」

「不純なものと決めつけるレッテルを張ったから、馬鹿っていうレッテル張ってあげたの。

 おわかり?

 あんたの真似をしただけよ?

 判らない?

 あ、っそう、考えてモノ言ってね?」


 姉ぇは、ニヤニヤと余裕を再び浮かべながら言う。


「私と彼は既にプロポーズ済みよ。

 純粋な交際なのよ?

 ねー?

 キスしていいよね?」

「断る必要も無いだろう?」


 っと、見せつけるようにキスを行う二人。

 チュッとした軽いキスではない。

 深いディープな奴で、ヌチャヌチャと舌を絡めさせ合う。

 終わり、離れると、唾液が床に零れる。


「ぷはー。

 ごちそーさまでしたー」

「怒りで昂っているのは良いが、キスにぶつけるのはヤメロ。

 僕は軽いのだと思ったんだぞ?

 これじゃ、セックスとあんまり変わらない」

「メンゴメンゴ」


 そんな風な日常的とも思わせる二人のやりとりに、


「……(ごくり)」


 美男美女の接吻に生唾が飲み込まれる音が聞こえた。

 生徒の中には生のキスを観たのも初めてな人もいるかもしれない。


「この写真あんただって言うけど、ホ、ホテルで援交とかしてたこと学校が知ったらどうなるか!

 彼氏さんも幻滅したでしょ!」


 また次の一人が生け贄になろうと手をあげる。


「あ、学校知ってるし、指導済み。

 色々あって謹慎三日喰らったし、反省して辞めて、今は良い子よ。

 それはあんたに言われることじゃないけど、彼氏にしつけられて、愛に目覚めたわけよ!」

「へ?」

「学校の方も私たちの交際は認知してるし、逆に公認なのよね」


 全力でノロケる姉ぇに圧倒されて言葉を失う。

 内容が予想外なのもあるだろう。


「親がいなきゃ生活できないし……」


 苦しく絞り出された言葉だが、


「ウチのパパママ、中卒だけど、私や妹を育ててるし、それぐらいの覚悟は当然してるわよ。

 ね?」

「そりゃ、当然だろ……。

 その覚悟が無くて、出来ないし、しない」

「いつも通り真面目な回答で安心するわ。

 さて、これの何処が不純なの?

 答えてみ?」

「ぇ、あ……」

「ほら、言えよ」


 ずずいと詰める姉ぇに絶句する彼女はペタンと後ろに倒れこんでしまう。

 そりゃそうだ、姉ぇは筋が通っている。

 言い返すにも経験が足らない。


「こんなくだらない女しかいないの?」


 吐き捨てるように彼女の評価を下す。

 彼女は何も言い返せず、俯くだけで、涙をこぼし始める。


「ちなみにお涙頂戴とか、通じないから。

 それに私の妹が飲んだ涙ぐらいはクラス全員が吐き出せと思ってるし。

 とりあえず、後、二人残ってるけどやる?」


 攻撃対象が拡大していくのを感じ、ヤバイぞと周りが伝播していく。

 逃げ始める人もいる。

 しかし、矢面に立たされた二人は逃げられない。


「正直、泣いて終わらせるなら、裁判所は要らないんでね。

 とりあえず、虐めよね?」


 姉ぇから怒りのオーラがあふれ出す。


「高校にもなって下らないことしてんじゃないわよ!

 周りもトメロ!」


 バンと、机が叩かれる。

 二人はそれだけで、後ずさり、ペタンと後ろに倒れこんでしまう。

 周りからも「ひえっ……」と声が漏れた。


「全く……。

 私自身も嫌な事を思い出しちゃったじゃない」

「初音」

「えへへ……」


 何かを思い返すように呟き、頬を噛む姉ぇの頭を撫でて宥める誠一さん。


「ありがと、姉ぇ」


 私も姉ぇの機嫌を戻そうと声をかける。


「良いって事よ。

 私が蒔いた種でもあるし。

 燦ちゃんが切れて暴力沙汰にならなくて良かったわ」


 姉ぇは臨戦態勢を解きながら私に笑顔を向けてくれる。


「あれはもう小学校の話で……」

「今日も手を出そうと思ったのは事実でしょ?

 あの時も相手も燦ちゃんも酷い怪我してさー」


 正当防衛を待ったのがバレている。


「ダメよ、万一傷ついたら、それだけでこっちの損なんだから。

 こんな雑魚に傷つく必要は無いわけよ。

 いい?」


 姉ぇの口が悪くなっているのは、表向きだけ抑えているだけなのかもしれない。観れば、拳が握られている。


「うん……ありがとう」

「よろし」


 姉ぇはようやくそこで、拳を解放してくれた。


「でだ、この新聞は君たちじゃないんだろう?」


 誠一さんがとってきたそれを見せると六人がこぞって横に首を縦に振る。

 顔が真っ青なのを観、誠一さんも姉ぇはそれに嘘が無いと確信したようだ。


「……となると……成程」


 見渡す誠一さんが合点を行う。


「とはいえ、今回の件、覚悟しといてもらっておこう」

「なんでそんな「黙れ、小娘」」


 誠一さんがうねる様な声を出すと、周りの空気が真夏なのに寒く感じる。

 歯をむき出しにして怒った誠一さんは初めて見た気がした。


「あさはかだよな、朝や昼休みにSNSで自慢そうに書きこむとか。

 新聞の件、面白半分で拡散しようと思ったんだろうけどな。

 それは消したとしてもネットには残り続けて、燦の被害になり続ける。

 そういう浅はかさな行動に僕は怒り心頭している」

「……どこの女子も一緒よね……。

 ウチのクラスでの虐めもそう言うのあったわ……」


 姉ぇと誠一さんに言われ、一部の女子が携帯を取り出そうとするが、


「全部、証拠として確保させて貰ったから安心しろ」

「あ、話を聞いて先ず携帯いじってたのそれね?

 怒りの形相で何か頼む電話してたし、いつぞやの探偵さんかな?」

「それもある」


 死刑宣告であった。


「とはいえ、譲歩はする。

 一度目だ。

 人間、反省できるし、僕の初音も出来た。

 学校の判断も退学とかにはならないだろう」


 安堵の一息をつく面々。


「だが、二度目は無い。

 肝に銘じておけ」


 誠一さんがそう言うと同時に、六人の携帯からメールの着信音が鳴った。


「開けてみろ。

 ちなみに僕は内容を知らないし、僕とは関係のない文面だ。

 けれども心当たりがあるのなら、注意したほうがいいぞ」


 各人が観た瞬間、ぞっとした表情で誠一さんを観る。

 何が書かれているのだろう。

 各々の顔が幽霊か化け物を観た眼で、誠一さんに怯えていた。


「とりあえず、これで良いだろう。

 燦、金曜日に遊びに行った人でここに居ないのは?」


 言われて周りを観ると、日野さん、男子A、B、そして女子のもう一人は居る。

 日野さんは誠一さんを茫然と見ているだけだ。

 男子A、B、女子、彼らは安堵の息を零して私に視線を向けてくれている。

 心配してくれていたようだ。

 そして、いつものクラスメイトは居なかった。

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