第48話 最低なプロポーズですが、なにか?

「そういえば誠一さん」


 妹がそう私たちの彼氏(妹は一応仮だが)に話しかける。

 日曜日の勉強も終わり、お昼に差し掛かってきた時のことだ。

 メガネをかけているしどー君はそんな妹の言葉を聞き、視線を向けている。


「いつ、姉ぇのこと好きになったんですか?

 きっかけを教えてください。

 参考にしたいんで」


 おっと?

 私としても興味深い内容が出てきていた。

 私はキッチンダイニングで冷凍で小分けしといたアンチョビパスタソースを電子レンジで温め、茹でたパスタに落としながら、顔を覗かせる。

 簡単、時短料理だが、これも美味しく出来上がっている自信作である。


「……えっとだな」


 私の視線に気づいたらしいしどー君が困ったような表情を浮かべる。


「……実は一目惚れだ」

「はっ⁈」


 余りの想定外に私は声をあげてしまった。

 一目惚れなんかは想定外の想定外。


「あの糞真面目な時のしどー君から見れば有り得ないでしょ⁈

 ビッチよビッチ、外見からして茶髪の⁈」


 五月頭までさかのぼれば、私は完全体男弄びビッチ(処女)だ。

 中学の卒業式の辺りから、毎日毎日、おじさんの相手をしており、遊び、お金を稼ぎ、最近ご無沙汰な仲間たちと楽しんでいた。

 高校入学式後は流石に週一になったが、それでも毎週毎週だった。

 まぁ、家にいるとそこの妹が受験に落ちて不機嫌だったので、居たくなかったのもあるのだが。

 さておき、


「いつよ! いつ!

 私が好きだと自認したのは、しどー君が校舎裏で自傷行為してた時だけど、どうなのよ⁈」


 バンっ! っと、しどー君と妹の前にパスタを叩きつけながら、声を荒立ててしどー君に詰め寄る。


「初音、落ち着け落ち着け」

「落ち着いていられるものですか!

 って、今考えれば……実は私の事好きなんじゃないの、って胸を押し付けた時、否定されていない!」


 確かにと、今なら合点できることに気付く。

 このマジメガネは嘘は基本つけないし、私に対して意図的についたことは無い。


「今だから言うが、好きな相手に手でやられたり、胸押し付けられるのって、相当困惑の状況だったんだぞ……。

 僕は好きだったけど、初音は好意とか全くないのも判ってたし」

「……それはまぁ……わからないでもないけど……」


 流石にそれは同情する。

 自分が好意を抱いている相手は好意が全くない上におもちゃにされていたのだ。

 逆の立場を想像したら絶対ヤダとしか思い浮かばない。


「でだ、僕が初音に一目惚れしたのは……合格発表の時だ」

「ふぁ⁈」


 確かに私が観に行ったときにしどー君の姿があったことを確認している。

 私の合格に水を差されたことが理由だと思うが、何でか覚えている。


「凄く嬉しそうに補欠合格の欄で笑顔になっているのを観てたのが印象的でな?

 満面の笑みが凄く羨ましくて、輝いていたんだ。

 その後、僕の不機嫌そうな顔をしていたのを観て、正直に嫌そうな顔をされたのも裏表が無いんだなって、何故か好意的に思えてな?」


 しどー君も私の事を観ていた訳だ。


「帰りの電車でも忘れられなくて、高校に入ったら一緒のクラスだったらいいなと……。

 実際、同じクラスになって観ていたけど、やっぱり自分に正直で輝いていてだな……あぁ、いいなって」

「甘酸っぱすぎないですか⁈」


 私が叫ぶ寸前に、妹がこらえきれず叫んだ。

 危ないことだ。

 確かに入学当初に声を掛けてきても、クラスカーストのトップを取ることに注力していてそれどころじゃなかった。

 お嬢を追い落とすのはムリだと諦めが出始め、委員長(妹)を虐めるのも嫌でカーストが固定されつつあり、焦っていたからだ。

 だから処女を失おうとも考えていた。

 そんな時に声を掛けられても多分、袖にしていた。


「とはいえ、初音にどう好意を伝えれば判らなかった訳でな?

 そもそも女生徒との距離の話し方すら……」

「あー……」


 今でこそ、マジメガネなしどー君は私のお陰でだいぶまともだ。

 童貞でも無くなっている訳だがマジメガネの過去は童貞そのもので、女の子に免疫どころの問題では無かった。

 だからこそ、私が女の子を教えてあげていた訳で……。

 ん?


「待って、待って、待って?

 私の事、ことごとく止めてくれてたけどストーカーってこと否定してなかったわよね?

 というか、認めてたわよね?」

「……」

「正直に言え♡」


 言い淀んでくれたので、私は詰め寄りながら馬乗りになり、上半身に伸し掛かる。

 完全にマウント状態である。


「探偵数人雇って監視してた。

 土曜日だけ京都市内に現れるのはSNSから判ってたからな」

「「……」」


 流石の私も妹も沈黙してしまう。

 予想外すぎて思考が止まってしまったのだ。

 呼吸を忘れたかのように深い呼吸をし、


「先ずは……言い訳を聞こうじゃないの」

「最初の遭遇は完全に偶然だった。

 ホテルに入ろうとしていた初音を見つけた時、思わず声を掛けていた。

 止めようと思ったのも義務感だ」

「流石に援助交際はマズいし止めますね、私も」


 妹がウンウンと大きく頷く。

 確かに正論だ。


「それに関しては妹と同意見だけど……続けて?」

「それで正義心が働いて、探偵を雇った訳だが?」

「それだけ?」


 私の鍛えられた対人向け直感が言ってないことがあるなと、見抜く。


「……退学されたら、機会も何も無いだろ……。

 もし、初音以外だったら今まで溜めていた小遣いを全部注ぎ込むなんて決断までは至らなかったと思う」

「ぇっと……」


 複雑な気持ちが沸いてくる。

 流石に引いている自分が居る。

 しどー君も突拍子もない行動で外れることは知っているが、それでもだ。

 普通なら気持ち悪いという感情が沸くのは仕方ないことだ。

 当然、百年の恋も冷めかねない。

 体中に寒気に似たゾクゾクした感触が沸いている。

 しかし、


「つまり、姉ぇのことはそれだけ本気だったということですか?」

「あぁ」


 妹が代弁してくれる通りだ。

 それが判っているからこそ、気持ち悪いという感情が裏返り嬉しくなってしまっている私が居る。

 体の震えすら、熱を帯びる。

 あんなにもおもちゃにしていたのに、呆れもせず、そして根気良く付き合ってくれていたのだ。

 それが無ければ私はこんなにもこの人を好きになるきっかけは無かった。

 その事実が嬉しくなりすぎて、このまま押し倒して惚れさせた責任を取らせたくなっている。

 自分でも歪んでいるとは思うが、惚れた弱みという奴だろう。


「妹、私がしどー君をレイプしないか抑えて」

「は?」

「早くしろ、間に合わなくなっても知らんよ?

 このままやったら、多分、ピルも飲まないし、生でやる。

 孕むつもりでやる」


 心の衝動がヤバい。

 私はしどー君が大好きだ。

 大好きで、大好きで、大好きなのだ。

 だから、私は少しでも沸いたしどー君を否定する感情を殺そうとしどー君をレイプしたくなっている。

 今すぐにでもしどー君に支配して欲しくなっている。


「初音」

「何、しどー君……っ!」


 抱き寄せられ、いきなりのキス。

 舌を入れられ、無理やり絡まされる。

 胸をドンドンと叩いて抵抗するが、男女差がある。

 しかも、鼻を指で押さえられながらの呼吸を塞がられる形での接吻で抵抗力を奪われていき、体中から力が抜けていく。

 いつの間にか、下にいたしどー君が私の拘束を振り払い、膝立ち同士。

 離れると、私としどー君の唾液がこぼれ、床が酷いことになる。


「はぁ……あ……あはっ♡」


 頭がボーっとし、酸素を取り入れようとする呼吸しか漏れない。

 心臓もバクバクしている。


「初音、好きだ」

「え、あへ……♡」


 不意に言われ、私はその言葉を認識して嬉しくなる。


「初音は僕の事、好きかい?」

「うん……好きぃ……♡

 初音……しどー君、大好きぃ♡」


 当然の問いに当然のことだと返しながらしどー君に抱き着いて、その胸で頬ずりしてしまう。


「姉ぇ……?」

「……?」


 心配そうな顔の妹が居る。

 そこで私は正気に戻り、


「……今、とんでもない状態だった⁈」


 叫んだ。


「うん、私のエロスイッチが入った時より酷かったと思う」

「を、をう……」


 妹にそう言われてしまい、自己嫌悪に陥る。

 一気に気持ちが落ち着いてくる。


「初音」


 私を観てくる真剣なしどー君。


「正義という名目を振りかざして、好きな人との距離を詰めれないかと打算があったのは否定しない。

 止める度に泊めることが出来て、少しずつだが距離は縮められたことを僕は嬉しく思っていた」


 そんなしどー君のそれを最低な告白だと思う自分が否定できない。


「ただ、僕は君が好きだし、もう離すつもりはない。

 結婚したいし、子供を産んで貰いたいし、ずっとそばにして欲しい。

 これはプロポーズと捉えて貰っていい。

 初音は僕のモノだろ?」


 それでも、彼の視線を熱く感じ、彼の真剣さが伝わってくるそれは私にとっては十分な言葉で、私の心をくすぐってくる。


「真面目すぎるわよ、言わなくてもいいことまで言って……もうね?

 ……でもね、私はそんなあなたを愛してる♡」


 当然、


「はいとしか言えないわよ、全く……♡」


 笑顔で返すしかなかった。

 どうしたって私はしどー君のことが大好きで、恋していて、女でありたいのだ。だから、どんな質問にもノーという拒否権なんかなかった。

 なお、


「どう参考にすればいいんだろ……」


 こんな妹の呟きは無視することにした。

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