あの日の後で

 ミイロとエイルは、ロクサーヌの身体の再構築とシステムのヴァージョンアップ、彼女が動けない代わりに博士の世話などをし、邸宅にしばらく滞在した。

 彼女も元通り以上となり、博士の世話ができるようになった。二人は博士に帰宅を告げ、ロクサーヌには連絡を必ず寄越すよう言い、邸宅を後にした。

 家に着いた頃には、陽は疾うに暮れていた。

 家に入るなりミイロが書斎に行く姿を、エイルは黙って見届けた。博士の邸宅に行くにあたり、仕事の依頼や音信を不通にする断りを入れていた。それでも連絡してくる修理の依頼や修理師の依頼を確認しに行ったのである。

 気を紛らすために。

 博士の邸宅を出てから、彼はどこか物憂い感じだった。話しかけるとその感じを消し、気丈に振る舞ってはいた。だが、彼と一緒に過ごしてきたエイルには、彼の感情が手に取れるように分かった。

 彼にとって博士は師であり父親的存在だった。そんな博士の死へと向かう姿は耐え難かった。受け入れたくない事実だが、受け入れなければならない事実でもある。その心にどう折り合いを付けるかは、本人しかできないこと。エイルにできることは、そんな彼に寄り添うことだった。

 カップを片手に書斎に来たエイルは、デスクに向かい端末を操作していたミイロに声をかけた。

「疲れてない?」

「ん? うん‥‥大丈夫」

 彼女に顔を向ける。

「そう? 無理しないでね」

 彼女はカップをデスクの上に置く。

「ありがとう」

 ミイロは微笑んで返す。

「じゃぁわたしも研究室に行ってるから」

「手伝う?」

「大したことじゃないわ」

「そう?」

「うん」

 エイルは書斎を出て行った。



 夜も更け、ミイロはベッドで横になっていたが、眠気はきてくれない。静寂。作業していたときは、それに集中することで押しやっていた。だが今は静寂で隙ができ、思考が吸い寄せられ、考えたくないことが目の前に惹起する。結論に至ることなく心に痼りのようなものが残り、それに背を向けるものの、いつの間にか目の前に現れる。それを何度も繰り返し、次第に肥大化する痼りが爆発してしまいそうになる。こればかりは慣れない。

 彼は、見えない何かが見えないように壁に向かい、大きなベッドで身体を縮こまらせ、否が応にも忍び寄る恐怖に耐えるしかなかった。

 寝室の扉が開き、足音を忍ばせ、静かにベッドへと身体を滑り込ませる。温かい手が彼の身体に触れた。そこに引力が働き、彼は寝返りを打ち、温かいものに縋り、顔を埋める。次第に肥大化した痼りが融解し、押しやり偽った感情が剝き出しになる。

「マー」

 と小さく呟き、ミイロはエイルの胸で泣いた。

 泣き叫び嗚咽する彼の頭をそっと抱え、優しく撫でる。母親のように……。

 一頻り泣いた彼は、ぐしゃぐしゃの顔を彼女に向ける。彼女は涙で濡れた顔を手で拭ってやり、顔を見つめ、そしてキスをした。



 エイルはシャワーを浴びていた。彼が眠ったのを確認して、ベッドからそっと抜けてきた。彼の中でうねっていた感情を吐き出させ、弱い部分を曝けださせ、痼りが小さくなってできた隙間に、彼自身の手で彼の強さを埋めさせた。痼りは小さくなっても無くなりはしない。それにできた隙間に彼の強さを埋めさせたところで、一時しのぎの通過でしかない。それを本物にするのは、彼自身でしかない。征服されることは、その取っかかり。彼の擬似的強さの種子を発露させたに過ぎない。

 彼女はシャワーを止める。ふと、彼女は内股に知覚したそれを手で掬い上げ、目の前で見つめた。

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