しじみ汁

西村倖ヒロ

第1話

僕ほど曖昧に生きている奴を見たことがあるだろうか。


今日の朝飯すら覚えていないのだ。


腕時計を見て時間を確認する素振りをする。

左の腕だ。


縮小する僕の存在を、この世界の天秤はどう扱うだろうか。


無と等しいが故に取り除く?

はたまた置いておく?


未来というのは存外、都合が悪くできている。


きっと僕はくず籠に乱雑に捨てられてしまう。


腕時計を見て時間を確認する素振りをする。

左の腕だ。


昨日セットしたアラームが鳴る。


右腕が伸びない。


アラームは鳴る。


左腕を伸ばし、アラームを切る。


刹那、僕の体は丸まって。


縮んで行く。


元の身体の小指の爪の先ほどに折り畳まれたとき、自分が空を飛べることに気がつく。


低い天井の中を不自由に飛び回ることしかできなかったが。


男は満足であった。


黄金虫の羽を震わせることに集中していた。


飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んだ。


多少疲れて網戸の隅に足をかけた時の記憶。


戻ってくる感覚。


「朝食は砂の食感が残るしじみ汁だ」


左腕の腕時計はその感覚だけを残して、目には見えなくなっていた。






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しじみ汁 西村倖ヒロ @oppai_chairman

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