第19話 故郷(ダリルの回顧 その1)
『ベルガモート帝国』という国がある。
大陸西方に栄える強大な軍事国家で、一言で言えば「とにかくでっかい国」。
そんなでっかい帝国の最北端の辺境に、「リッシナ」という城塞都市がある。
この都市は辺境にしては規模が大きい。なにせ約5,000人くらいの人が住んでいるのだから。
普通に考えれば、国の中心ではない辺境に、5,000人もの人が住むこと事態珍しい。流行も遠く離れていてなかなか届いてこないし、情報だってなかなか来ない。商人が店を開くことなどあまりないものだから、行商人でも来てくれれば御の字だ。にもかかわらず、この街がここまで発展しているのには理由がある。
街の周囲はなだらかな平野が広がり、北東部にそびえる山から流れ落ちる豊かな川の水によって広大な穀倉地帯になっている。その平野の先には、西側から北東部の山にかけて広大な森が広がり、ここでも自然豊かな森の恵みを享受できる。
特にこの北部一体に広がる森。ここに、リッシナの街が大いに発展している秘密がある。
実はこの北部森林地帯。4つもの迷宮が存在しているのだ。
迷宮で得られる資源は非常に貴重。しかも高価で取引されることも多く、そんな資源を手に入れようとする様々な人々がこの街にやって来るわけだ。
つまり、一獲千金を夢見る冒険者が、連日のように訪れているというわけだ。だから、5,000人もの人々が暮らす街という話も納得できよう。まあ街の人口が多いと言っても、その大半は冒険者が占めている。純粋に昔からこの地に根差した人々がどれ位いるかと問われれば、実際には2,000人程しかいないと言われている。
なぜこの街を紹介したのか。
それは、このリッシナの街が俺の生まれ故郷だから。
それに、この地がそもそも彼女……エリーと出会った場所だからだ。
エリーとの出会いについて話をする前に、少しだけ説明しておきたい。
まず、リッシナから一番近い迷宮として名を知られている『バークレオス神殿』と呼ばれる古い遺跡迷宮がある。この遺跡、街の西側の森に入った直ぐの場所にあるのだが、比較的脅威となる魔物も少なく、更に遺跡付近に良質な薬草が群生していることで知られており、地元民なら誰でも知っている薬草の宝庫になっていた。
ちなみにこの神殿、迷宮としては既に踏破されており、脅威となる魔物も数が少なく、発見される資源や財宝も旨味がないという理由から、等級を上げるためにやって来る駆け出しの冒険者を除いてはあまり訪れる者はいない。
北部大森林地帯を奥へと進むと、人の住めない呪われた地と言われる『魔の大地』が広がっていると言われ、そのため北側では凶悪な魔物が多数住み着いていると言われているが、西側の森には比較的脅威となる魔物は少なく、冒険者が多いリッシナの街にとって豊富な薬草は非常に助かる恵みの一つだ。
幼い頃からこの街で生まれ育った俺は、10歳になって帝国が運営する帝国教導学校に通い、その一方で祖父の経営する酒場を手伝っていた。
両親は元冒険者であり、戦士だった父は今では街の衛兵に。回復術師だった母は街の救護所でそれぞれ働いている。兄もいるが、今では帝国騎士を目指して帝都に行っているため、実際には両親と俺と祖父の4人で暮らしていた。
冒険者が多数訪れる街だからか、祖父の経営する酒場は連日のように繁盛していた。俺は祖父から頼まれて酒場を手伝いながら、やって来た冒険者たちにからかわれながらも、楽しそうに話してくれる様々な話をワクワクしながら聞いていた。そんな風に子供が目をキラキラ輝かせながら聞いてくれるわけだから、冒険者たちも話に熱が入るように、こぞって俺に話を聞かせてくれるようになった。
彼らの話は本当に面白かった。特に俺が一番好きだった話は、血まみれの双剣を振るいながらも、傷ついた仲間を守るために魔物を次々に倒していったという話だ。周囲には多数の魔物。そして背後には傷ついた仲間。そんな絶望的な状況にもかかわらず、仲間を助けようと孤軍奮闘する剣士。狼人の鋭利な爪で頬を傷つけられ、肩を槍で貫かれても、ひたすら襲いかかってきた魔物を斬り伏せたという武勇伝。その時の傷跡を、俺に自慢げに見せていたなぁ……。俺はこの話を聞き、子供ながらに胸が震えたのを今でも覚えている。
多分、俺が冒険者に……いや、剣士になりたいと思ったのはこの時だったと思う。
ああそう言えば、目を輝かせながら話を聞く俺に、
まあとにかく、俺は剣士になりたいと心を決めた。
なれば、決まってどうしても欲しくなる物がある。それは男の子なら誰しも憧れる定番中の定番。
そう、『剣』だ。
リッシナの街にある武器屋には、帝都と比較しても遜色ないと言われるほど豊富な武器の品揃だった。
迷宮から持ち帰られたという武器もあり、もしかしたら帝都以上の武器が並んでいたのかもしれない。
学校を終え、酒場の手伝いをする一方で、俺は街の武器屋に通っては展示されている淡く蒼く光る剣を、熱の籠った視線で食い入るように眺めていた。
その剣は『
騎士やベテラン冒険者が好んで使う、希少金属『
まあ、お値段はいわずもがなである。もちろん子供に手が届くような品では決してない。
それでも、俺は『
帝国教導学校に通いながら祖父の経営する酒場を手伝ってお小遣いを貰っていたけれど、お小遣いだけでは到底足りない。
ならばと思いついたのが、『バークレオス神殿』傍で採れる薬草の採取だった。
なにせ、北部大森林地帯にある3つの迷宮は非常に難易度が高く、リッシナの街にやって来る冒険者たちはその迷宮を目当てにしていたためか、非常に熟練した高ランク者が多くやってきていた。
となると、駆け出しの冒険者が向かうようなバークレオス神殿には彼らはほとんど行かない。にもかかわらず、怪我を治療できる薬草の需要は非常に高い。
薬草を街の道具屋で売ると、祖父のお店で手伝う以上にお金を稼ぐことが出来ることを知り、俺は迷わず薬草採取でお金を稼ごうと決意した。
街の住人達も薬草採取に向かったりするのだが、薬草を売るよりも街で商品を販売した方が圧倒的に稼げるのだから、街の住人も積極的に採取に行こうとしない。かといって10代の子供が商売なんかできる筈もない。まさに薬草採取はうってつけのお小遣い稼ぎだった。
剣士になりたいと決めてからは、学校を終えると薬草採取をし、道具屋に売って酒場に向かう途中で武器屋に寄り、憧れの
やりたいことが決まったからか、とにかく毎日が本当に楽しかった。
子供だから友達と遊ぶことが楽しいとも思えたのだろうが、それ以上に俺は剣士になりたかったから、友人との遊ぶ時間よりも薬草採取に時間を割いた。
まあ、こんな感じだから、今に至るまで女の子と仲良くなることも無かったのは言うまでもないよね。
そして、運命ともいえる出会いを経験する。
帝国教導学校に入学してから4年が経ち、俺は14歳の誕生日を迎えた。
いつものように学校を終えると、薬草採取の道具を持ってバークレオス神殿に向かい、その周辺に広がる群生地で薬草を採取していた。
毎日のようにこの場所に来ては薬草を採取していたわけだから、もはやこの神殿周辺は俺にとって庭のようなものだった。
脅威となる魔物が少ないと言われていた通り、これまで魔物から襲われたことがないわけではなかったが、これまでに襲い掛かってきた魔物と言えば、子供でも対処可能だと言われているフォレストラビットという兎の魔物かしたものや、ヒュージビーという大きな蜂……といっても、こぶし大ぐらいの大きさの昆虫の魔物ぐらい。時折ゴブリンやコボルトも出没していたけれども、なぜかこの森で遭遇した際にははぐれて1匹だけといった場合が多くて、俺でも難なく逃げおおせることが出来ていた。
だからかな、俺は完全に油断……いや、この場所が迷宮の傍だという事を失念し、完全に舐めていた。
いつものように薬草を採取し、麻袋にしまって街へ戻ろうとしたとき、それは現れた。
オークだった。
剣と盾を装備する人型の豚の魔物。大人でないと対応が厳しいと言われているその魔物が、何故かその時に限って5体も現れたのだ。
あの日は珍しい高価な薬草を見つけることが出来たから、他にも無いかと夢中になって採取していたのを覚えている。そしていつもだったら深追いはしないのだが、その日に限って遺跡に近い場所まで近づいてしまったのだ。いつもの延長線上で考えていたせいか、全く周囲を警戒しておらず、気がつけば襲われる危険のある範囲にまで接近してしまったのだ。
バークレオス神殿は旨味のない迷宮であり、駆け出しの冒険者が時折やってくるぐらいの場所。とはいえ、いつもなら大抵1~2組くらいの冒険者集団を見かけるのだが、運が悪いことにその日に限って誰もやって来てはいなかった。
今になって思えば、冷静に考えてもすぐさまどこかに身を隠すべきだったのだが、慌てた俺は呆然としてしまい、更に接近を許してしまったのだ。
気がつけば、なりふり構わず街へ向かって走り出していた。
だが、オークは既に俺に襲い掛かる準備は万全だったようで、半ば囲むように展開されてしまい、俺はあっという間に逃げ場を失った。
武器もない。
逃げ場もない。
辛うじて残る意識を集中させ、背後に近づかれないようにと遺跡の方に背を向けながら後ずさる。
オークは非常に狂暴だと言われており、雑食性のため脅威の少ない子供は良く攫われては食べられてしまうため、出会ったら必ず逃げる様に教わっていた。
あ、俺ここで死ぬんだ。
そう思った瞬間、俺の前に淡い光と共に空間が歪んだかと思うと、霧散する様に光の粒子が弾け去った後に、青く長い髪をフワフワとなびかせ、髪の色と同じ青のローブを身に纏い、アイスブルーサファイアの瞳を持つ非常に整った顔をした女性が現れたのだ。
だが、よく見るとその女性の身体は透けている。学校で教わった『魔霊』だった。
『お困りのようですね?』
その女性魔霊は、静かに、そう俺にそう尋ねてきた。
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