赤い実

@fkt11

一話完結

 空が大きく高くなり、ひんやりとした秋の風がふきはじめたころのお話です。


 三丁目にある公園の片すみに、一本の古い桜の木がたっていました。桜の木の根もとはゴミおき場になっていて、火よう日と金よう日の朝になると、たくさんのゴミ袋が山づみにされます。

 公園をねぐらにしているカラスたちは、このゴミ袋を楽しみにまっていました。

『おーいみんな、きょうも袋の中においしそうなおかしがはいっているぞ』

『キラキラ光る銀紙もあるよ』

『袋から出しちゃえ、カアカア』

『つついちゃえ、カカカカクワア』

 ゴミ出しの日の朝、桜の木のまわりは、大さわぎするカラスたちでいっぱいになります。

 カラスたちは楽しそうですが、近所の人たちにとってはたいへんめいわくな話です。

「朝早くから、ほんとうにうるさいわねえ」

「ゴミはちらかしほうだい」

「いっぱいフンもするし」

「こまったもんだよ」

 ひとりの人が、カラスたちをゆびさして言いました。

「なんとかして、あのカラスたちをおっぱらえないかな」

「カラスの人形をぶらさげてみたらどうだろう」

「そんなので、ききめがあるの」 

「なかまのカラスがつかまったと思って、こわがるらしいよ」

「とにかく、ためしてみましょう」


 つぎの金よう日の朝、桜の木の下に近所の人たちがあつまってきました。

「さあて、これでどうかな」

 ゴミおき場の上にのびている桜の枝に、ビニールのひもがむすびつけられ、一羽のカラスの人形がぶら下げられました。からだは黒のストッキング、くちばしは細長い三角形に切ったボール紙、あしは黒くぬったわりばしです。

「ほんとうにこんなもので、あのうるさいカラスたちがこなくなるのかな」

「だいじょうぶだよ。ほんものそっくりにできているもの」

「ねえ、名前をつけてあげましょうよ」

「そうだな、カースケっていうのはどうだろう」

「うん、いいね。おいカースケ、たよりにしてるぞ」

 名前をつけてもらったカースケは、秋の風にふかれて、ゆらゆらゆれてみせました。

 近所の人たちがゴミおき場からはなれると、さっそく公園のカラスたちがやってきました。

『おい、なんだあいつは』

『人間につかまったのかな』

 いつもは元気なカラスたちですが、けさはすこしはなれた電線にとまったまま、おりてこようとはしませんでした。

 おかげでゴミおき場はちらかりません。そのようすを見た近所の人たちは大よろこびです。

「やあ、すごいね。このカラスの人形は」

「たいしたもんだ」

「カースケ、これからも、見はりをたのむよ」

 みんなにほめられて、カースケはうれしくなりました。

(まかせてよ。ボクがちょっとにらんだだけで、あいつらは近よってこないんだから)

 カースケは、つめたい風の中で、くるりとまわってみせました。


 つぎの日も、カラスたちはすこしはなれた電線にとまって、カースケのようすを見ていました。

『あいつ、だいじょうぶかな』

『きっと、ひもがからまって、にげられないんだよ』

『かわいそうになあ』

 カースケはそんなカラスたちの話を聞き、心の中でわらいました。

(わかってないなあ。きみたちがいたずらをしないように、見はっているんじゃないか)


 その夜おそく、雨がふりだしました。

 つめたい雨が、カースケのからだにしみこんできます。

(雨はいやだな。からだのしんまでひえちゃうよ)

 つぎの朝になって、ようやく雨はやみました。ぬれたからだがずしりと重くて、カースケがじっとしていると、一羽のカラスが、桜の木の根もとに飛んできました。

『おい、おまえ。元気がないけど、だいじょうぶか』

 カースケは、ほんもののカラスではありません。カラスの言葉はわかりますが、答えることはできません。

(こら、近よったらだめだよ。きみたちをおいはらうのがボクのしごとなんだから)

 カースケは力を入れて、すこしだけからだをゆらしてみせました。

 でも、カラスは平気です。カースケのまわりをぴょんぴょんはねて、話しかけてきます。

『おまえ、名前はなんていうの? どうして、ひもにつながれているの?』

 カースケが、なにもこたえないでいると、やがてカラスはあきらめて、どこかへ飛んでいきました。

(ふうー、やれやれ。おせっかいなカラスめ、もうくるんじゃないぞ)

 カースケはほっとして、ぎゅっとかたくなっていたからだから、ゆるりと力をぬきました。


 つぎの日は気持ちのよい秋晴れでした。カースケのからだもすっかりかわいて、ふんわりとしたいい気分です。

 そこへ、きのうのカラスがやってきました。

『おい、おまえ、おなかがすいているんだろ。これでも食べて元気を出しな』

 そう言うと、カラスはくわえてきたナナカマドの赤い実を、そっと地面におきました。「またくるよ。じゃあな」

 カースケは、カラスを見おくりながら、ためいきをつきました。

(ばかだなあ、あいつ。ボクは人形なんだから、そんなものを食べるわけないだろ)


 つぎの日は、二羽のカラスがやってきました。

『どうだい、ちょっとは元気になったか?』

『人間に、ひどいことをされていないか?』

 二羽のカラスはカースケに声をかけ、ナナカマドの赤い実を地面においていきました。

 カースケは風にふかれながら、二つぶの赤い実をいつまでも見つめていました。


 つぎの日も、そのつぎの日も、カラスたちはナナカマドの実をもって、カースケのところにやってきました。さいしょは一羽だったカラスが二羽になり、だんだんふえて、にぎやかになっていきました。

『ねえ、きみ、いつまでここにいるのさ』

『そのひもはずせないの』

『夜は寒いだろ』

『ひとりぼっちは、さみしいんじゃないか』

『でも心配するなって、こうしてみんなであつまるからさ。カカカカ、カアー』

 カラスたちは、まい日朝早くからやってきて、夕方暗くなるまでカースケのまわりであそぶようになりました。

(おいおい、あんまりさわぐなよ。ボクの立場がないじゃないか)

 はじめはこまっていたカースケも、日がたつにつれて、カラスたちがくるのを楽しみにまつようになっていました。

 でも近所の人たちは、みんな腹を立てていました。

「またカラスどもがおおさわぎだ」

「うるさいったらありゃしないよ」

「このカラスの人形も、やくに立たなくなったね」

「さいきんは、この人形を目当てにカラスたちがあつまってるみたいだよ」

「えっ、そうなのか」

 みんなが、いっせいにカースケを見ました。

「じゃあ、こんな人形をぶらさげておいたらだめだな」

「はずしてしまおう」

「ちょうど、今日はゴミの日だ」

 こうして、カースケはビニールのゴミぶくろに入れられ、ゴミおき場のすみっこにおかれました。

 お昼前、大きなトラックがやってきて、カースケの入ったゴミぶくろは、どこかへはこばれていきました。


 午後になり、いつものように公園のカラスたちがあつまってきました。

「あれっ、あいつがいないぞ」

「どこへいったんだろう」

「きっと、ひもがほどけて、自由になったんだよ」

「そうか、よかったな。クワー」

「じゃあ、帰ろうか。カアーカアー」


 夕方になりました。

 秋の風が、カースケのいなくなった桜の枝をゆらします。その枝の下には、ナナカマドの赤い実が、十と二つぶおかれていました。


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