第133話 ミカエルと煉
「聞きたいこと……って、そんな物騒なモン突き付けて言うことじゃないと思うけどな」
ミカエルはその場で槍の矛先を煉へと向けていた。
煉は刀こそ構えてはいないが、いつでも戦闘できるよう警戒だけはしている。
しかし、相手の姿が美香であるため、いつもより戦おうとする気が一切感じられなかった。
それにミカエルの目から何やら焦りのようなものまで感じ取った。
煉は少し考えた後、躊躇うことなくミカエルへと近づいていった。
「お、おいレン!?」
「大丈夫だから、そこで待ってろ」
アイトが声をかけるが、煉は振り返ることなく歩を進める。
そして、残り十メートルほどの距離で、煉は踏み出した足を戻した。
ブンッ、という音に遅れて、煉の踏み出そうとした地面には亀裂が走っていた。
顔を上げると、ミカエルが煉へと向けていた槍を真横に一閃していた。
「それ以上は近づかないでください」
「あっぶねぇな。もっと優しくしてくれよ。いつものようにな」
「知りません、そんなこと。あなたと関わった記憶など私にはありません」
「うわっ。その顔で言われると結構ショックだな」
そう言って煉はからかうように笑う。
そんなこと思っていない様子に、ミカエルは顔を顰めた。
「そもそも、避ける気さえなかったではないですか。馬鹿にしているのですか?」
「俺のことを殺す気ならもっと殺気を込めろよ。あの時みたいにな。まあ、いいさ。それで? 俺に聞きたいことがあるんだろ。何が知りたいのか知らんが、俺に聞いたところでお前のその焦燥は解決しないぞ」
煉がそう言うと、ミカエルの眉がピクリと反応した。
以前遭遇した際には、最初に顔を見た後は一切表情を変えることはなかった。
まるでロボットのようにただ命令に忠実に行動していた印象を煉は抱いていた。
しかし、現在目の前にいる天使は、表情にそれほどの変化はないものの、その印象とはかけ離れ、まるで人間のように感情を露わにしている。
いつも美香と一緒にいた煉だからこそ、わかる変化だった。
「………………あなたが生きているからでしょう。どうやって私の魔法を解いたのかは知りませんが、私が使命を果たせずにいるなどあってはならないことなのです」
「そんなもん、俺には関係ないね。お前が失敗したのが原因なんだ。人のせいにすんんじゃねぇよ」
「あなたを見ているとなぜか無性に心がざわつきます。あなたは一体私の何なのですか? 以前から私と知り合いのように……熾天使である私にあなたのような者の記憶などありません」
煉は難しい顔で上を見上げる。
美香にとって自分とは一体何なのか。
それを正確に示す言葉を煉は持ち合わせていない。
「美香にとって俺は……友人親友とは違う。恋人でもない……家族でもない……相棒? いやしっくりこない。ああ、そうだ――――――共犯者だっけ。お前が行ったんだぞ?」
「共犯者……? …………っ!?」
そう呟いたミカエルは突然頭を押さえ苦しみ出した。
膝をつき、天使らしからぬ呻き声を上げる。
いきなりのことで煉も少し動揺していた。
そしてミカエルはそのまま大きく翼を広げた。
「……今日のところは、これで失礼します。……忠告しておきますが、主はあなたの排除を諦めてはいません。その証拠に、結界の外には私と同じ熾天使がいます。気を付けることですね。そして簡単に死ぬことのないように。あなたは必ず私の手で……」
そうして、翼を広げたミカエルは視界の悪い森の中を飛び去って行った。
煉はその後ろ姿をただ呆然と眺めていた。
◇◇◇
「――……ありえません。私が……天使などではなく――人間、だったなんて……何かの間違いです………………」
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