第131話 精霊聖剣
「大賢者の伝言……。遺産じゃないのか?」
少しがっかりした様子で煉は訊ねた。
「ここに遺産はないわ。でも、あなたの想像通り。死界のどこかに彼の遺産があることは確かよ。そんな疑いの目を向けなくても、精霊は嘘をつかないわ」
「…………そうですね。精霊は嘘をつかないと精霊使いの方にお聞きしました。間違いないと思います」
イバラがそう言うのであれば、と煉は納得の表情を浮かべた。
煉の様子を見て、精霊は不満そうに唇を尖らせたがその直後、アイトへと興味が移った。
至近距離でアイトの顔を観察し、周囲を飛び回り何かを確認している。
そして嬉しそうに手を叩いた。
「あなた、アーサーの子孫ね。懐かしいわぁ。綺麗なその魔力もしっかりと受け継がれているみたい。良かったわね」
「へ? アーサーって初代騎士王の……」
「騎士王? あの子、騎士になったの? それに王様だなんて、とっても偉くなったのね。ここに来た時はすっごく泣き虫な子だったのよ」
「アーサー・ペンドラゴンって、俺の世界の物語と同じ名前かよ」
「いや、ペンドラゴンは数代前の王が改名して付けられた名前だ。初代は確か」
「アーサー・クラフト。大賢者の弟子のひとりよ。彼は三人の弟子と一緒に旅をしていたの。あまりこのことを知っている人はいないのだけれどね」
文献にも書いていない貴重な情報をポンと出され、三人は戸惑った。
現在残っている書物には、大賢者の情報は大して書かれていない。
故に、大賢者という存在は知っていても、誰も大賢者がどのような人物だったのかを知らない。
姿や使っていた魔法さえも、どこにも記載されていないのだ。
しかし、この大精霊ミユは誰も知らない大賢者のことを知っている。
「他にも大賢者について知っていることはあるのか?」
「ええ、もちろんよ。彼は初めてできた私のお友達だもの。いーっぱい知っているわ。お話ししても良いのだけど、もっと知りたいのなら私のお願いを聞いてくれるのよね?」
「……わかった。先にあんたの願いを叶えよう。魔族を倒してくればいいんだな?」
「話が早くて助かるわ。この森の最深部、そこにあなたの言う通り趣味の悪い魔族たちがいるわ。やっつけてきてくれるかしら?」
「魔族たちか……。一応聞くが、あんたが自分でやろうとは思わなかったのか?」
「私はここを守ることで精一杯。それももう時間の問題。奴らせいで、この聖地が穢されていく。ここまで辿り着いたあなたたちが最後の希望。お願い……彼が作ってくれたこの聖地を守って」
そう言って頭を下げる大精霊。
三人は精霊が頭を下げるとは思わず、度肝を抜かれた。
しかし、ミユの手が震えていることに気づき気持ちを切り替えた。
精霊が頭を下げるほどの事態。ただ事ではないがと想像できるが、煉らに否はなかった。
目的を果たすためにも、ここで逃げるわけにはいかない。
煉はミユの頭に手を乗せ、ただ一言頼もしい言葉と共に請け負う。
「――――任せろ」
その言葉一つで、ミユの心は軽くなる。
そして今まで堪えていた想いが溢れ、震える声で言った。
「あり……がとう……っ」
「良いってことよ。俺たちが何とかしてやるさ!」
「アイトさんが言うと不安になりますね」
「え……イバラちゃん、辛辣……」
「冗談です」
そう言ってイバラが笑い、つられて煉とアイトも笑い出した。
珍しいイバラの冗談で、場の空気が軽くなった。
頭を上げたミユは三人の姿を目に焼き付け、そして優しく微笑む。
「私にできることは少ないわ。あなたたちを中層と深層の間までは送ることができる。その先は自力で向かって。一応言っておくけれど、これは彼からの試練でもあるわ。気を抜かないことね」
「大丈夫だ。アイトが危なっかしいけどな」
「はぁ!? 大丈夫に決まってんだろ!」
「確かに。餞別にこれをあげるわ」
そう言ってミユは何処からか剣を取り出した。
細身のロングソードで、金の刀身が七色に輝きを放っている。
アイトはそれを手に取り、うっとりと眺めていた。
イバラもその剣に目を奪われている。
「それは、『精霊聖剣イーリス』。とある聖剣を大賢者が鍛え直した剣よ。元々の聖剣に精霊の力を込めたって言っていたわ。あなたに使いこなせるかしら?」
そう問われたアイトは、少し悩んだ。
確かに剣を振ることはできるが、鍛錬など一切していない。
いつかの記憶ではただセンスだけで、剣を扱っていた。
そんな自分がと迷い、ふと仲間の顔を見た。
煉とイバラはただ真っ直ぐにアイトを見ていた。
その視線から感じるのは信頼と期待。
アイトに使いこなせないとは誰も思っていなかった。
それを受けたアイトは一切の迷いを捨て、真っ直ぐな想いをぶつけた。
「やってやるさ……見てろよ、お前ら! 絶対に使いこなしてみせる!!」
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