依存的な引きこもり幼馴染は、俺以外のセカイを知りたがらない。 ~身近な人が存在ごと消えていった結果~

山須ぶん

プロローグ

「す、好きです! 付き合ってください!」


 夕日のオレンジが足元のコンクリートに二つの影を作る。今年高校二年になる少年、赤土正人は、クラスメイトの来栖という名の少女から愛の告白を受けていた。


 昼休みには賑わうこの屋上も、放課後の今は二人を除いて誰もいない。だからこそ、彼女はここにこの時間、自分を呼び出したのだろう。


「え、えっと、どう……かな?」


 正人の顔を覗き込むようにして反応を窺う。緊張した彼女の息遣いは、少し震えていた。


「あ、悪い……びっくりして固まってた。こういうの初めてだから……その、好きって〝異性として〟でいいんだよな?」


「も、もちろん! じゃないと、こんなふたりきりのときに言わないよ……」


 明らかに夕日のせいではない赤みを頬に浮かべて、来栖は目を逸らした。


 生まれて初めての愛の告白に、正人は混乱する。〝告白された〟という唐突な出来事からくるインパクトのせいで、正直返答どころではなかった。


 元々自分はモテるようなタイプではないのだ。勉強も運動も何かに秀でているわけではなく、運動についてはむしろ苦手な部類。クラスの中心的存在になるようなカリスマ性もなく、友人も決して多いほうではない。実は芸能人だとか政治家の息子だとか、裏でスーパーヒーローとして活躍しているとか、そういった特別な肩書きも持たない。


 だからこのようなシーンをどこか漫画やラノベの中のもの、あるいは他人事のように思っていた節がある。

 まさか当事者になるとは。


 夕日が照らす放課後の校舎屋上で告白とは、まるでよくある恋愛作品の主人公のようだ。

 ようやく混乱が落ち着いて状況に馴染んできた正人は、まず気になったことを訊いた。


「なあ、その……俺のどこがいいんだ? 来栖の御眼鏡に適った理由が思い浮かばない」


 彼女はまつ毛が長く、少し癖のある黒のセミロングヘアに、くりっとした瞳は可愛らしく、クラスの中心にいるようなタイプではないが、陰ではかなりモテていそうな美少女だ。そんな少女が自分のような人間に、恋愛的な好意を抱いた理由がわからない。何か裏があるのでは、と思うほどに。


「うーん……去年も私たち同じクラスだったでしょ?」


「ああ、委員会も同じだったな」


 彼女と正人は一年生の頃、図書委員として昼休みや放課後に一緒の時間を過ごすときがあった。彼女は純粋に本が好きで入ったようだが、自分はかなり気まぐれな理由で、帰宅部な一方放課後何もせずにいるのも暇だったからというものだ。


 そんなまったく温度感の違うペアだったにもかかわらず、比較的非アクティブな気質が似ているからか、気が合ったのを覚えている。うちの高校の委員会は任期が学年単位なので、一度入ると丸一年はそのまま。一年生の間は放課後、彼女と過ごす時間が多かった。


 とはいえ、普段の学校生活ではグループが違って一緒にいることなんてほとんどなく、仲のいい友人同士ならほぼ必ずやっているであろうチャットアプリのID交換すらしていない。会話をするのも委員会の時間に限ったものだ。


 自分にとってはそこまで深く感じていなかった彼女との関係性。しかし彼女にとってはそうではなかったということだろうか。


「そのときから実は好きだった。でもどうしてかはわかんないかも。通った鼻筋に、目はキリッとしてるし、顔もタイプだけど、多分それが直接の理由ってわけじゃないと思う」


「なんだそれ……」


「でも、そういうもんじゃないかな?」


「そ、そうなのか……」


 正直よくわからなかった。それはきっと自分が今まで異性に恋をしたことがないからかもしれない。もちろん、思春期の男として異性の肉体には当然興味はある。だが、特定の誰かに恋をする――そんな経験が未だないのだ。それを数少ない友人の井出に話したら、〝普通初恋なんて小学生の頃に済ませているものだろう〟と笑われたものだ。


「そうだよ、誰かを好きになるなんて。気づいたら……あるいは自分でも気づかないうちに、その人への想いが恋愛感情になってる。そこに根拠とかはないの。なんか一緒にいて……ずっと一緒にいたくなる、みたいな?」


「そう、か……」


 やはりよくわからない感覚だった。


「答えはまた今度でいいよ。明日でも明後日でも。なるべく早めで、欲を言えばイエス的なものだと嬉しいけど。……じゃあねっ」


 そう言って、こちらの次の言葉を待たずに来栖は走り去っていった。


(行ってしまった……)


 正直、答えはとっくに決まっていた。だから明日や明後日と言わず、〝今〟でも良かった。

 正人は乗り越え防止のためか自分の倍以上はある高さのフェンスに背中を預け、夜闇が迫る夕焼けの空を見上げる。


「まあ、明日でいいか」


 彼女がそう言っていたのだから、甘えることにしよう。


 ――が、しかし、明日も明後日も、彼女に正人の答えが届くことはなかった。

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