魔法の溢れた世界を肉体で凌駕する

西東友一

第1話 この世に用はない

 ―――空を飛びたい。


「カナメが宙を舞う。出た。ムーンティアドロップ!!」


 ―――ワープしたい。


「今度は一気に間合いを詰めていく!!」


 ―――分身なんてのもいいな。


「ひらりとかわす、ニコロフ捕まえることができません」


 ―――そして、炎をまとったパンチしたいな。


「決まったあぁ!カナメのパンチがニコロフの顔面を捉えた!!膝から崩れ落ちるうぅぅ。そして、あっと流血だぁ!審判・・・両腕を交差した、試合終了!!強い、強い。圧倒的勝利!!世界最強の男カナメ拳を天に伸ばした!」


(まぁ、炎じゃなくて血をまとったか)


 ワアアアアアアァ!!


 リング上で両手を掲げるカナメ。息を整える。

 酸素が徐々に頭にまで回ってきて、観客の声が徐々に聞こえるようになってくる。しかし、


(有象無象の声・・・騒がしいな。こんなとこ見に来てる暇があったら、働け無能ども)


 カケルにとっては、耳障みざわりなガチャガチャしたノイズでしかなかった。


「おっと、ニコロフ担架たんかで運ばれていく」

 ニコロフのところに人が集まるのを上から見下ろす。


(まぁ、君は頑張ったよ。でも・・・俺が目指すのは君の目指すとこよりもさらに、上だから)


 その後、インタビューを受けて、当たり障りない言葉をカナメは話をして、会場を後にする。カナメは振り返って、今まで汗を流した善楽園ぜんらくえんを見返す。

 汗をかいたとはいえ、試合に臨む前のウォーミングアップに流したのが大半だった。カナメは冷めた目をして、歩き出す。


「いつになったら、俺は使えるようになるのかなぁ。じいちゃん」

 カナメは自分の拳を見る。


「シュッ」

 空気が圧縮され、前に飛ぶ。


「あああぁ。炎、出ねぇかな」

 カナメは頭を掻く。

「どんだけ速いパンチなら、炎が出るんだよ。こんだけ、空気抵抗と、空気摩擦作っても・・・出ねえとか・・・ちっちゃい火種でも・・・なんなら雷のパンチでもいいんだけどなぁ」


「シュッ、シュッ」

 ワンツーを打つ。


「ぬああああっ」

 都会の真ん中で急に叫ぶカナメに行き交う人々がびっくりして見るが、カナメは全く気にしない。


「時空を超えるダッシュ。そこら辺の陸上選手よりも俺は速い・・・速いんだぁ!!」

 突然走り出す。

「はっ、はっ、はっ」

(誰よりも速く、誰よりも力強く、誰よりも・・・この世界よりも・・・)

「くっ」

(なんで・・・なんでだよ。ただ僕は魔法を使えるようになりたいだけなんだ!!)

「どんなに努力しても魔法の一つも使えない、こんな世界!!見たくも、居たくないんだぁ!!」

 カナメは闇に消えていきたいと思いながら、人の手で作られた光の中から逃れることができず、闇雲に走り回り、光の中に消えていった。

 

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