夜はやる気泥棒に入られないように鍵をかけましょう

ちびまるフォイ

あなたのやる気はどこから?

「ようし、そろそろ頃合いかな」


日も沈み、夜の折り返し地点を過ぎたころ。

人知れずやる気泥棒のゴールデンタイムがはじまる。


油断している家々にしのびこんでいく。


「よしよし、今日もやる気の匂いがするぞ」


今日忍び込んだのは一人暮らしの男性宅。

俳優になるために思い切って上京してきたことは調査済み。


部屋にはたくさんの本が平積みされて、

壁を見れば自分を鼓舞するような言葉の数々が貼られている。


こういう場所にはやる気が集まりやすい。


「見つけた!」


やる気泥棒は男からやる気を奪い去ってしまった。

あっという間の犯行で、やる気を取られた男はまるで気づいていない。


「ふぁ……今日はもう寝るか」


やる気を失くした男は時間を持て余して寝てしまった。



翌日も、その次の日も、また次の日もやる気泥棒は同じ人を狙い撃ちした。

同じターゲットのほうが行動パターンが読めるのでやる気泥棒しやすかった。


前日にやる気を根こそぎ回収しても、この男は意識が高いのですぐにやる気を復活させてくれるから助かる。


「さて今日もやる気を回収しますかねっと……んん!?」


慣れた手付きで家に入ろうとしたやる気泥棒の足が止まった。


「この時間……いつも休んでいるはずなのに」


男は山積みにされたエナジードリンクで目をギラつかせていた。

こんなに警戒されていてはやる気泥棒も手が出せない。


「今回は見送るか……」


明日になればと思っていたが、男は翌日もやる気満々で目もらんらんとしていた。


「ああ、くそ。目と鼻の先にこんなに良質なやる気があるのに!

 相手が警戒しているから盗めないなんて! ちくしょう!」


やる気泥棒はまた諦めるしかなかった。

そんな調子で泥棒が未遂に終わってしまう日が続いたので、やる気泥棒は泥棒居酒屋で愚痴をこぼした。


「……ってわけなんだよ。ほんと悔しくてたまらない」


「そりゃ大変だったな」


「他人ごとだと思いやがって~~。やる気を回収できなくてこっちは困ってるんだぞ。知恵のひとつでも貸しやがれ」


「うーーんそうだなぁ」


同僚のやる気泥棒は少し考えた。


「それじゃお金を置くのはどうだ?」


「お金? なんだそれ?」


「お金ってのは人間が好きなものなんだ」


「美味しいのか?」

「美味しくはない」


「なんでそんなものに価値があるんだ?」


「さあ? わからないけど人間はお金が好きなんだ。

 だから、今度やる気泥棒するときに騙されたと思ってお金をおいてみな」


「騙されたと思ってもやりたくないなぁ」


やる気泥棒は同僚が言っていたお金をもって再び泥棒に向かった。

今回に限っては寝静まった深夜に犯行へとおよぶことにした。


深夜になるにつれやる気の品質は下がるものの、

確実にやる気を泥棒するにはこの時間帯しか選べなかった。


「ちぇっ、こんなにちょっぴりか」


寝ているターゲットを起こさないようにしてやる気を回収する。

といっても、すでにやる気を燃やした残りカスみたいなものだ。


「っと、忘れるところだった。お金を置かないと」


泥棒は同僚に聞いた通り、やる気泥棒に入ったこととお礼のお金を手紙にしたためて枕元においた。

これで何が変わるのかと想像できなかった。


次の日もやる気泥棒にやってきては、盗んだ後にお金をおいて去るようにした。


「こんなのにどんな意味があるんだ……」


まるでお地蔵様にお供えでもしているような気分になった。

そんな調子でやってたら上納するやる気の量が少ないと、ゴッド泥棒に叱られた。


ターゲットの警戒が厳しすぎるなんて事情もゴッド泥棒は聞く耳持たない。

精神論と根性論でなんとかしてこいと言うばかり。


ゴッド泥棒に尻を叩かれたやる気泥棒はしぶしぶ、深夜より早い時間帯に泥棒へやってきた。

この時間帯、やる気が充実しているものの警戒心が高く危険な時間帯。


最新の注意を払っていたやる気泥棒だったが、

玄関のドアに鍵がかかっておらずあっさり中に入れてしまった。


「この時間帯にしてはずいぶんスムーズだな」


手際よく部屋までたどり着くと、なんとターゲットは入り口に背を向けてやる気だけをためていた。

まるで「どうぞ盗んでください」といいたげな後ろ姿だった。


こんなにもお膳立てされては無視もできないと、

やる気泥棒はやる気を盗んだあとお金をおいて去った。


次の日もやる気泥棒がやってくると、今度はレッドカーペットが敷かれていた。


「ど、どうなってるんだ?」


部屋には背を向けた男がやる気だけを貯蔵して待っていた。

お金を置いてやる気泥棒は去っていく。


日を経るごとに、ターゲットはやる気泥棒を歓迎するようになった。


やる気泥棒としても良質なやる気がたくさん回収できるので文句はない。

すっかりウィンウィンな関係を築けたやる気泥棒は同僚に感謝を伝えた。


「お前のおかげだよ、本当にありがとう。

 お金をおくようになってから盗みやすくて助かってる」


「噂は聞いてますよ。やる気泥棒グループでもトップの上納量なんでしょう?

 ゴッド泥棒が"これ以上やる気いらない"って言ってましたよ」


「え!? そうなの!? まだまだ回収する気だったのに!」

「なんかもう回収じたいを楽しんでますね」


やる気泥棒は手元に残った大量のやる気をチラと見た。


「これ以上の上納ができないとなると……この余ったやる気はどうしよう」


「いったん抜いたやる気は戻らないわけですし、

 せっかくだし使ってしまえばいいんじゃないですか?」


「うーーん。まあ、そうか。そうだな、持ったないしやる気使っちゃおう」


やる気泥棒は回収したものの行き場のないやる気を自分に使った。

むくむくとやる気が湧き上がってきた。


「うおぉおーー! やる気出てきたぁーー!!」


 ・

 ・

 ・


半年後、新人俳優賞には泥棒稼業から足を洗ったやる気泥棒がステージにあがっていた。


「新人賞の受賞、おめでとうございます!」


「ありがとうございますっ。諦めずに頑張ってよかったです!」


「聞いたところでは、あなたは貧乏でお金もなくて

 でも夢だけは諦めずに毎日努力を続けていたそうですね」


「ははは……いやはやお恥ずかしい。お金はすっからかんでした。

 でもやる気だけは人一倍持て余していたんです」


元やる気泥棒はテレビカメラの前にはじけるような笑顔を見せた。


かつて俳優を目指して上京した男はその様子を大きなモニターで見ていた。

家には動物のはく製が並び、美女がはっぱで扇ぎながら、トロピカルジュースをすすっている。


いつもふいに置かれているお金ですっかり大金持ちとしての日常を謳歌していた。

けれど、目にはどこか光がなかった。


「俺、いつから俳優の夢諦めたんだっけ……」


男は考えようとしたがお金が目に入ったのでもう考えないことにした。

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