「擬態」

 仕事で疲れた体を引きずって家に向かっていた。今日は特に忙しかった。オフィスは祭りのようだった。


 くたびれた体で家の扉を開けた。


「おかえりー」

 小さな娘が出迎えてくれた。


「おかえりあなた。お風呂沸いているから入っちゃって」


「了解」

 湯船の中、仕事の疲れをとっていく。このまま沈んでしまいたい。ある時は会社員。ある時は父親。常に何者かになり続ける日々。まあそんな事を言えば学生時代もそうか。ある時は生徒。ある時は野球部員。ある時はコンビニアルバイトの店員。


 色んなものに擬態した。でも時折思う。本当の僕はどこにいるんだろう? 幼い頃、何にも影響されなかったあの時の僕だ。これまでなってきたものは社会から用意された役割だ。


 きっとこれからも変える姿も多くなる。本当の自分を分かるのはもしかたら今際の際かもしれない。それでも今は良き夫、良き父親になりきろうじゃないか。


 両頬を叩いて湯船を出た。

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