第五章 アンデッドラバー 其の二
そう、何より強く――――もう壊れてしまわないようにしよう。少女の亡骸を抱いて、ヴァイセはそう決めた。
おそらくこの死体を蘇らしたとして、そしてそれをどんなに強化したところで、それはもはや彼女ではないことも解っていた。
それでも失えなかった。彼女なしに、この先の孤独は耐えられない。
どんなことでもしよう。彼女がこの世に存在するだけでいい。
愛されなくたっていい。むしろ記憶など消してしまおう。こんな愚かな魔物の記憶など。
そして誰にも壊されないくらい強くしてしまえばいい。作り主さえ拒めるほど、誰にも支配されないくらい。強く強く、完璧にして。
その上で彼女が自分を求めるならば、記憶を返そう。けれど、そんなことは絶対に起こらないだろうとヴァイセは思った。
きっと彼女は完璧になって、いつか俺を捨てていく。
だからその日まで傍にいさせてくれ。愛しのエミリア。
もう何も望む気はないけれど、これだけは許してくれ。
お前を愛してる。
お前を、ずっとずっと愛してる。
そしてその願いは形となって。彼女はそこにいた。
「エミリア」
薄っすらと感じる光の気配のなかで、自分を呼ぶ声がする。
ああ、目を開けなくちゃ。もう朝なのだ。早く起きて、あの人に応えなくては。
早く、早く、目を開けて。言わなくては。
だって――――――あの人の為に生きるって決めた。
まどろみの夢の中、何か大切なことを思い出しそうで。けれど。
「起きろ、この愚図が!」
「は、はいぃぃぃぃ!」
その怒声にすべてがかき消されエミリアは目を開けた。
そこにはいつものように―いや、いつも以上に―不機嫌な顔の主の顔があって。
「遅い!」
「すみません! マスター!!」
顔を引きつらせて急いで飛び起きる。
そんな少女には夢の欠けらなど跡形もなく消えていて。大切な何かは、再び彼女のなかへと沈んでいった。
明るい朝の日差しの中で。
マリクはヴァイセとエミリアを振り返って言った。
「しっかし、見送りにきてくれるなんて思わなかったなあ」
彼らは解決した事件を報告するために早々に協会本部へともどることになったマリクを見送りに来たのだ。
もっとも、見送りたいのは目の前の少女であって、後ろの青年はちっともそんな気などないのだろう。
「だって、またしばらく会えなくなるんですから」
当然です、というように微笑む少女とは真逆に、ものすごく嫌そうな顔を隠そうともしないヴァイセにマリクは笑いをかみ殺した。
なるほどこう見ればこの青年がいかに彼女に弱いかよく分かる。だが目の前の少女はちっともそんなことには気付いていない様子だ。
「ちょっと心配です。もう少し休んでいけばいいのに」
後ろにいるヴァイセの心情など知りもしないエミリアはマリクにそう言う。
その本当に心配そうな声に少し困った顔をして、でもマリクはいつもと変わらずに微笑んだ。
「エミリアちゃん、ありがと。でも俺、これでも多忙なんだよね~。優秀だから」
そしてその後ろで険しい顔をしているヴァイセにウインクしてみせる。
「やー、ダメだよねぇ、余裕のない男って。そういう男は好きになっちゃ駄目だよ、エミリアちゃん」
「ええと? とりあえず、分かりました」
何故いきなりそんな忠告をされたのか分からず、しかしこくりと頷くエミリア。
後ろのヴァイセはというと、もの凄い鋭い目でマリクを睨みつけている。
(視線で人が殺せるんなら、今間違いなく殺されてるなぁ、俺)
とか思っても、これはこれで面白いのでやめられそうにない。この魔物をからかえる機会など滅多にないことだ。
(それに………………まあ、弱点も分かったし)
不思議な顔をして首を捻っている少女を見て、マリクは自然と笑顔になる。
彼女がいる限り、おそらくヴァイセは人の敵にはならないだろう。彼女が害されない限り、と注釈はつくが。
(でもそれが分かっただけでも儲けもの、ってとこだよね)
と、そんなことを考えていたマリクにエミリアが聞いた。
「ああ、そういえば、エクソシストさん達はどうしたんでしょう? もうこの町にはいないんですか?」
「ああ、彼らは近くの教会に応援を頼みに行っているよ。君達もその間にここを離れるといい」
すると何を思ったのかエミリアが青い顔をした。
「応援って、何の? まさかマスターを狩る為の!?」
どうしても彼らに対しては執拗に攻撃してくるイメージがある。まあ、それも仕方がないとも思っているからこそ、そんな発想になってしまうのだろう。
マリクはそんなエミリアの考えを慌てて否定した。
「違う、違う。彼らはエクソシストだけど、その前に司祭でもあるからね。悪魔祓いより町のお清めのほうが優先されるってわけ。
死体を掘り起こされた人が大勢いるからね、教会関係者としては放置はできないでしょ」
なるほど、そうしたことへの応援か。ほっと安心したエミリアにマリクはちょっとぼやいた。
「ついでに骨のある神父でも引っ張ってきてくれたらいいんだけどねぇ」
長い間モンスターの脅威にさらされてきた町だ。こういうところにこそ、悪魔祓いができる人物がほしいところなのだが。
被害が被害なだけに、名乗りを上げてくれる者が少ないのも事実だろう。
「まあ、協会の方でも動いてもらえるようにしておくよ」
そう言ってマリクはエミリア達に微笑むと、「それじゃ、俺はもう行くよ」と、軽く手を振って別れを告げた。
それに少女は満面の笑顔で、
「お元気で!」
と、手を振り替えし。
後ろの青年は、
「ふん」
といつものようにそっぽを向いて、鼻だけを鳴らした。
そんな二人をしばらく眺めたマリクに「マリクさん?」とエミリアは首を傾げた。
「ああ、うん――――二人にはずっとこのままでいて欲しいなぁ、って」
「何だそれは。気色の悪い」
ヴァイセが眉間にしわを寄せて心底嫌そうに言う。その姿が可笑しくて、マリクは声を上げて笑った。
「ははっ、でもほんと、今そう思ったんだ。次に会う時も、こんな感じだったらいいなあって」
「………………それは貴様しだいだろう」
痛いところを突かれてマリクは肩をすくめた。
彼は人間でモンスターを狩るハンター協会の一員だ。いつか敵対する日がくるのかもしれない。
誰しも、いつまでも同じでいることなどできはしない。でも、ただ今は。
「それでも、ね。思うのは自由だろ?」
「そうですね!」
笑って言おう。
「じゃあ、またね」
同じでいられるように願って。再会を約束する、その言葉を。
「はい、また!」
「…………………ふん」
そうして、彼らは眩しい朝日の中で別れた。
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