生命線が短い

 結論から言うと、物凄く大丈夫ではなかった。

 麻酔が中途半端だったのか術中はかなり痛みを伴い、悶えもがく俺の腕と足を看護師に押えられる始末だった。


 半泣きで手術を終え、無愛想な看護師から術後の注意事項を聞いた後、三度待合室に戻った。

 そこでずっと待っていた鏡は、待ちくたびれてか眠ってしまっていた。


 起こさない様慎重に隣に腰掛ける。

 ゆっくりと小さく呼吸する鏡の寝顔はまるで子供のようだ。


 普段しっかりしていてお姉さん気質の強気な子のイメージだが、今のこの無垢な寝顔には相当なギャップがあり、俺は無性に頭を撫でたくなる衝動に駆られた。


 普段のコイツにそんなことをしたら激怒か平手か、その両方かが飛んでくること間違いなしだ。

 いや、普段のコイツにそんなことしたいと思ったことはないが。


 熟睡する鏡を前に俺は一人勝手に右手を空に泳がせ右顧左眄していたが、どうやらスマホがバイブしたらしく鏡は目を覚ました。

 言うまでもなく俺は光の速さで右手を引っ込める。


「あら、夏樹、終わったのね。お疲れ様」


 鏡はスマホを手に取りながら俺を労った。


「楓からの着信だ。私、外で待ってるね」


 少しだけ眠そうな顔で鏡はスマホを片手に病院から出て行った。


 っぶねええ!

 何してるんだよ俺……。

 血迷うところをすんでの所で回避した気分だ。


 俺には雪という想い人が居るじゃないか、と自分に言い聞かせつつも雪に関しては実態の見えないどす黒い邪推が奥底に発生していることも否めない。

 そんな訳はないとは思うのだが。


 兎に角。

 ここ最近を振り返れば、俺は色んな人に助けられてばっかりだ。


 深月に命を二度救われ、山目にも不良に絡まれているところを救われ、鏡にも助けられた。

 山目はいいとして、他の二人には恩を返さねばな。


 しかしながら、深月に再会することは俺の瀕死を意味するというジレンマがあるのだ。


 深月も深月だ。俺が死に瀕しなくても会いに来てくれればいいのに。

 そしてなんだ、何かアイツの為にしてやりたい。

 飯でも奢ってやろうか。


 鏡にも後でちゃんとした礼をしなきゃだな。

 飯でも……他に何も考えつかない自分の引き出しの少なさが嫌になった。

 まあ鏡には直接聞いてみるとするか。


 俺の脳内押し問答を受付の看護師の呼び声が中断させ、立ち上がりながら右手を見つめて少し後悔している自分に気づき、苦笑した。

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