天使を名乗る電波少女に命を救われる?

えねるど

プロローグ

天使、襲来

 空を飛びたい。


 遥か昔の時代からある程度の人間が憧れを抱き続けているものである。

 人間そのものは飛ぶようにはできておらず、飛翔する鳥や昆虫などを見ては羨み憧れる……そのような思いのある人間によって、十八世紀後半になると熱気球が発明され飛翔が叶う。


 二十世紀になると現代の飛行機の原型となるものも偉人と呼ばれる人たちに発明され、モノによる飛翔はある程度確立されたと言えるだろう。


 ……まあ飛行機って未だに正確な飛翔原理を説明できていないらしいけれど。


 それは置いておき、俺も小さな頃から空を飛びたい人間の一人ではあるが、先の飛行機や気球などの機体を用いての飛翔ではなく、単体での飛翔に羨望を抱くのだ。


 さながら鳥のように翼で滑空したり、将又はたまたドラ○ンボールの天津飯の様に気を操作して単体だけで宙に浮いたり……。


 生きているうちにその夢は実現しないのだろうなと、現実に還りながら昼ごはんのコロッケパンとコーヒーを片手に屋上への階段を上る。


 背中から天使の羽が生えたりしない限りは、スカイダイビングや無重力体験などの類似したもので、この宛ての無い欲求を満たすしかないのだろう。


 これと言って人生に目標もなく、やりたいことも成りたい職業も無く、のうのうと高校生になってしまった俺が唯一思考を停止して世界に溶け込める時間がこの昼休みだ。


 好物のパンを頬張る。

 甘いコーヒーを飲む。

 仰向けに寝転がり空を見上げる。


 これをするだけで雑多な喧騒から解き放たれ、無になれる。

 仄かに残るコーヒーの香りを感じながら高い雲を横切るとんびを見つめるこの時間が好きだ。


 俺もいつか死んだら……足の無い霊魂となって空中を浮いたりするのかな。

 空を飛べるならそれも悪くないかも。


「ダメです!!」


 突如の怒号は雲を横切る鳶を更に遮って現れた頭から放たれた。

 逆光で顔は見えにくいが声と髪の長さから察するに女性だ。


 その女は俺が横になっていたベンチの背もたれ側から顔をのぞかせていた。


「どちら様ですか?」


 俺の声に女はちょこまかと旋回し反対側にきた。

 俺も体を起こしてしっかと女を見る。


 髪は腰まで伸びた茶色、白いブラウスの上にベージュのカーディガンを羽織り、膝までの黒いフリルスカートに脹脛を覆う純白のソックス、黒いパンプス。

 何処かで見たことがあるような格好の、しかしどう見ても小さな、中学生成りたてくらいの女の子だった。


 いつの間にか、ここ屋上には数人いた他の生徒がいなくなっている。

 俺と女の子、ふたりきりだった。


 どうしてか、そいつは渋滞に阻まれたタクシー運転手の如くムスリとした表情で、両手をグーにして腰に当ててから、


「私はテンシです!」


 と言い放った。


 ………………。


「あー、と、苗字か? どういう字を書くんだ?」

「苗字じゃありません!」

「じゃあ下の名前? 変わってるな」

「名前でもありません!」


 間に流砂でもあるかのようにみるみる眉の間隔が狭くなる女の子は、まあ確かに見る人によっちゃ天使みたいに可愛いかもしれない。

 愛玩動物のような雰囲気を持っていることは認めよう。


 しかし幼稚園児の御飯事おままごと紛いのものに付き合ってはいられない。

 何より俺は一日で数十分しかないこの好きな時間を邪魔されたくない。


「ああ、そうですか。……おやすみなさい」


 吐き捨てて再びベンチに横になる。

 邪魔しないでくれ。


「どうして寝るんですか! 起きてください!」


 あからさまに声色に苛立ちが含まれている自称天使の女の子を無視し、背もたれ側に寝返る。


「起きてください! ナツキさん!」

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