第25話 辱めをうけた記憶がない

 ……もう何がなんだか分からない。


 本日は日曜日。

 くつろぎのひと時を自宅マンションのリビングでソファーに腰をかけてゆったり平和な時を満喫しようとしているのだが……


「メモリー、お茶がなくなった。紅茶を入れてくれる?」


「へーい」


「あ、紅茶はレモンティーがひとつで砂糖なし、アールグレイはストレートで、あかりちゃんはなんだっけ?」


「黒豆茶でお願いします。コーヒーの隣にあると思います」


 ……ここは喫茶店でもカフェでもなく僕の家だ。

 しかも一度にオーダーされてもお店じゃないんだから端末もメモも用意してない普通の人じゃ覚えきれないだろ。

 僕には能力があるから困ることはないけど……


 しかも最後の小悪魔の注文は華の女子高生が、美味しいとはいえ黒豆茶って渋すぎるだろ。それ以前になんでウチに黒豆茶なんか置いてあるんだよ?

 小悪魔の方を見ると怪しげな目つきで口角がほんの少し上がるのを記憶した。

 盗聴はされてなかったけど、盗撮されてないよね?

 あざとさを通り越してる気がするんだけど……


 使用人と化した僕がダイニングテーブルにそれぞれ飲み物を運んでいく。


「あ、どーもー」とナツ姉がいえば、


「お菓子はないの?」と千花が我がままをいい、


「そこの棚にポテチがあります」と小悪魔が言う。


 ……理不尽すぎる。それにポテチ何処にあるって?

 テスト勉強中の短期間で、小悪魔はどこまで我が家に魔の手を伸ばしているのか想像するだけで背筋が凍りつく。自分の歯ブラシとか置いてないよね?僕の歯ブラシ舐めたりしてないよね?


 なぜこんな事になっているかというと、小悪魔から聞いた事故から現在までの真相を、ボーイズ時代の件はうまく誤魔化してナツ姉と千花に報告したのだ。

 それを聞いたふたりが僕の命をよく救ってくれたとえらく感心して、お礼も含めマンションに連れてくるように指令を受けたのだ。


 同時に『浩一からメモリーを守る対策会議』を開催すると言い出して女子でワイワイ話をしているのはいいけど、記憶喪失のフリをしていた僕は反省するように罰としてしばらく蚊帳の外になっているのだ。

どうでもいいけどタイトル長くない?


 始まってからすでに30分程が過ぎたし十分に反省しているからそろそろ仲間に入れて欲しい。

 僕の名前がついている会議なのに本人不参加状態……繰り返し言うけど僕の家だよね?


「先輩もそろそろこちらへ来たらどうですか?せっかく一緒の部屋にいるのに……わたしすごく寂しいです……横が空いてますしよければ……」


 小悪魔が唐突に僕に懇願するような目つきと甘えるような猫なで声で話かけてきた。

 いよいよ本性が出てきたと警戒するものの根がいい子なのはすでに分かっている。

 ただすごく嫌な予感がするものの、僕としてもそろそろ仲間に入れてもらいたい。


 ……ん?

 小悪魔の向かいに座っている千花はポテチの袋を開けたはいいけど盛大にぶちまけているし、ナツ姉は紅茶が気管にでもはいったようでゴホゴホと咳込んでいる。

 ふたりともよそ見をしてこっちを気にしているからだよ。まったく子供なんだから。

 

「じゃあお言葉にあまえ―――」


「そ、そうね、そろそろいつも私にべったりな弟が離れていたら可哀想だから横に来てもいいかもね」


 ナ、ナツ姉にべったりした事なんか一度だってないのにいきなりなに言ってんの?

 千花と小悪魔が鬼の形相で僕の事を睨んでいる。


「僕のお嫁さんは、ちーちゃんだけだよって言ってくれた幼馴染が寂しそうだからわたしの横がいいかもね」


 それ言ったのは幼稚園の頃だし、千花がぐずりんモードで泣きじゃくって頼んでくるから仕方なく言っただけじゃないか!

 今度はナツ姉と小悪魔が暗殺者のような視線を向けてくる。

 

「そんな事よりこれから浩一にたいして―――」


「メモリーの事を守るんだからみんなが知ってる情報を共有しようか?」


 ナツ姉はいったい何を言い出すの?もっと大事な話が他にたくさんあるでしょ。


「そうね、私の知らないメモリーの性癖を知っておくべきかしら」


 幼馴染なんだからすべて知ってるでしょ。


「ストーカーとしては興味深いです」


 小悪魔もう言っちゃってるじゃん、それ犯罪じゃん。


 ソファーへと戻ろうとするが、テーブルの端に席を作られて逃げ道を絶たれてしまった。


「じゃあ最初はわたしからいくわ。小説がアニメ化するから明日打ち合わせをでするよってメモリーに電話で話したら次の日待ち合わせ場所で……メモリーったらスーツケースにパスポートとガイドブックまで持ってきちゃったのの」


「……」


 なんでいきなりそんな話をぶっこんできた?

 千花と小悪魔が腹を抱えて笑っている。穴があったら入りたい……


「2番手は私が行くね。授業参観日にメモリーはおじいちゃんが来てくれてたんだけど、あまりに来てくれた事を喜んで意識していたから、担任の先生に質問する時に先生って呼ぶところを『おじいちゃん!』って言っちゃったの。担任の先生は20代後半の女性だったから完全に固まってたわ」


 頭で思っていることを言ってしまう事って誰にでもあるよね?

 顔から火が出そうだ……

 おいそこ!あり得ないって笑いすぎだろ!


 そもそもこれが何の役に立つんだよ。

 あとは小悪魔だけか。笑われるようなネタが付き合いの短い彼女にあまりあるとも思えない。


「ラストは私ですね。先日、先輩とデートしたんですが、メモリー先輩ったら事あるごとにわたしの大きな胸ばっかり見てたんです。終わりです」


「「……」」


 うおおおおおおおおおおおおお!

 最近のリアルはマジでやばいだろ!シャレにならないやつじゃんこれ!

 それに……だって揺れるんだもん。メロンがふたつ揺れてたんだもん。催眠術かけられてるように揺れまくってたんだもん。気付いていたならもっと早く言ってくれ。


 なんだか暑くない?とわざとらしく言い出したナツ姉と千花がシャツを脱ごうとするのを制止したら、その後なぜか僕は説教される羽目になっていた。


 こんなんで明日からの浩一対策どうするんだよ?

 ただ僕が辱めを受けるだけの第1回対策会議はひっそりと幕を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る