第21話 モテた記憶がない
お昼休みに入り小悪魔の在籍する1年4組に到着すると、僕はドア付近に座る女の子に声をかけた。
「あの……このクラスに白石あかりさんているかな?」
普段から僕の脳内では小悪魔と認識していたので、うっかり小悪魔さんいるかと聞きたい衝動を何とか抑えて、常識ある上級生の威厳を保ち持ちこたえる事が出来た。そもそもフルネーム合ってるよね?
「あ、あかりんなら一番前の窓際席にいるのでちょっと呼びますね。あの……もしかして……あなたが噂のメモリー先輩ですか?」
もしかしなくても僕はメモリーだし、噂って?事故の事なのか小悪魔が吹聴している事なのかすごく心配になってきた。碌なことにならないから、あまり噂を信じちゃいけないよ。
アイツ『あかりん』なんて呼ばれているのか。
僕はてっきり小悪魔は友達もいないボッチ女子で、昼休みも一緒にランチする仲間もいないからつき纏ってきたのかと思ってたけど、親しみ深い愛称で呼ばれているのなら心配なさそうだ。
「噂の人物かどうかは分からないけど、僕がメモリーで間違いないよ」
……ん?なんだか嫌な予感がする。
「あ、あまり目立ちたくな―――」
「あかりーん!愛しのメモリー先輩が迎えに来たよー!」
……誰か僕の記憶を消してくれ。それがダメならいっそ殺してくれ。
彼女が大声で叫ぶとクラス中の視線全てが僕へと突き刺さり、この羞恥プレーを乗り切る事が不可能だと悟った恐怖から、小悪魔に対してぎこちない笑顔で手を振るしかなかった。
「え?え?え?せ、先輩がなんでここにいるんですか?」
「ここに来たからに決まってるだろ」
早くここから立ち去りたいのに、教室の出口でフリーズしている小悪魔にごく当たり前の事を素で答えてしまった。何やってるメモリーそうじゃないだろ。
あの何かを期待するニヤついた女子集団と先輩に対する態度とは思えない殺気を放つ男子達から逃げなくてはいけないのだ。
美少女なのは認めるけど、まさかこんなに人気がったあったとは……
「久しぶりに食堂で昼飯でも食べないか?」
「……はい」
「「きゃーーーーー!!」」
「「うわあああああ!!」」
なんだこれ?僕は告白したわけでもデートに誘ったわけでもないのに、まるでプロポーズしたみたいに勝手に盛り上がらないでよ。
小悪魔も「……はい」なんて、しおらしく紛らわしい誤解を生むような返事をするな。
最初に声をかけた女の子がこっちに親指を立ててグーってジェスチャーする始末だ。
こんな場面を千花が見ようものなら、ナツ姉にまで言いつけられて僕のマンションで懺悔させられるだろう。最近あのふたりは僕をのけ者にして秘密会議を開くことがちょくちょくあるのだ。
ちなみに千花には今日のランチの件は話を通してある。心配そうに話を聞いてくれた千花にいつまでも事実から目をそむける事は出来ないと説得したのだ。
悪さをしたわけでもないのに僕は逃げるように小悪魔と食堂へ向かった。
「結構混んでるな?ちょっと出遅れたから仕方ないか」
「わたしがもたもたしてたから……まさか先輩から誘ってくれて、しかも教室まで来てくれるなんて夢にも思わなかったので固まっちゃいました。えへへ」
以前とは明らかに反応や話し方が違う。
彼女がここまで変わるようなきっかけや出来事がこの短期間であったのだろうか?
「先日といい今日といいお前にしてはだいぶおとなしくなった気がするけど、どこか具合でも悪いのか?」
「いいえ、これがいつものわたしですよ?もう無理して必要以上に周りにアピールしながら演じる必要もありませんから。ふたりっきりならともかく人前ではこんなものですよ」
あのウザさも、全て演技だったとしたら小悪魔は有名な女優になれるな。
「演じるっていったい……もしよければ理由を聞かせてくれないか?」
「……考えておきます。逆にお聞きしますけど突然グイグイくるなんて先輩こそ下心でもあるんじゃないですか?急にわたしに興味が出てきたんですか?それとも記憶が戻ったんですか?」
疑いの眼差しでじっと見つめてくる小悪魔はかなり緊張した面持ちだ。
ここまで警戒されてはなにか秘密があるのは間違いなさそうだ。それが良い事なのか悪い事なのか今の時点では不明である。それに食堂では誰が聞いているのかも分からず、危険を伴ってしまうのでこれくらいにして放課後に話をするのが賢明だろう。
「まあそう慌てるなよ、怪しむのも無理はない。ここではなんだし放課後にお互いの事でもっといろいろ話をしないか?」
「わかりました。欲望のままにわたしを望むなら先輩にはわたしの初めてを全てあげます」
相変わらず何言ってんだコイツ?
大きな声で言わなくなったのは昔より若干ましになったけど、内容をよくよく聞いてみると安定したウザさだった。ひとまず放課後まで時間はあるし約束をとりつけた?のでお昼ご飯をゆっくり食べる事にしよう。
日替わり定食のカレーうどんを食べながら僕は思う。
小悪魔から執拗に迫られてかたくなに断ってきたスマホのアドレス交換さえしていれば、こんなに苦労する事もなかったのだろうと。
……そもそもお昼を一緒に食べる必要なくね?
ふと横を見ると隣で何度も何度もこちらに笑顔を振りまきながら、同じカレーうどんを嬉しそうに食べている小悪魔の顔が印象的に映る。
そんな表情を考え事をしながら食べていたので、カレーの汁がワイシャツに跳ねてしまったけど、不思議と僕の記憶はピンクとブルーが入り混じったパープル色に染まっていた。
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