第19話 クラス会の記憶がない

「ほんとに僕なんかが行ってもいいのかな?」


「みんなだって心配してるし、私がちゃんとついててあげるから大丈夫だよ」


 中学3年生の時に学園生活を共にした仲間たちが主催するクラス会へと向かう僕と千花の会話である。

 スキャンダルや記憶喪失などで世間を騒がせてしまった僕が参加すると、周りに迷惑をかけてしまうのではと不参加の予定だったところ千花がひとりで参加するのは気が進まないらしく、どうしても一緒に来て欲しいとお願いされてしまったのだ。


 千花の気持ちは分からなくもない。

 今回のクラス会は2年1組であった千花のクラスと、2年3組だった僕と浩一のクラスで行われる合同クラス会なのだ。

 最初は楽しみにしていた千花も、友人に合同クラス会だと後から聞かされたので僕にも来て欲しいと懇願するのは無理もない話である。よりによってなんで1組と3組の合同なんだろうか?


「僕はあくまでも記憶喪失でまったく昔の事は覚えていないけど、記憶を取り戻すきっかけになればと千花が連れてきた……でいいのかな?」


「メモリーとわたしは別れてしまったけど、幼馴染以上恋人未満としてメモリーを支えているが抜けてるよ」


「あ……」


 高校に入学してからの事を、浩一が友人に漏らしている可能性も高いため念入りに打ち合わせをし最終確認を行っていたところで、僕が失敗してしまい余計な事を言わせてしまった。


「もう、そんな顔しないの!いつか返り咲いてみせるんだからね!」


 とびっきりの笑顔で僕の腕に絡みついてくる幼馴染は、自ら困難を乗り越えようとする強い意志が感じられ力強さと同時に女性としての魅惑と切なさも漂わせとても美しく見えた。


「そんなガン見したって全然恥ずかしくないんだからね!?」


 言葉とは裏腹に首のあたりから顔全体まで桃色に染まり、まるで湯上り美人のような色気とフェロモンにあてられて僕まで顔が火照ってくるのを感じていた。クラス会なんか行かなくてもいいんじゃねと思っているのはきっと僕だけではないはずだ。


「あ、ここみたいだよ」


 着いた先はアメリカのチェーン店らしく、店内はロックを中心とした音楽が無数にあるモニターの映像とともに流れていた。壁には数々の有名人が使用していたギターや衣装なども飾られていてまさにアメリカンといった感じである。

 店内に入るとどうやら今日は夕方まで2時間ほどの貸し切りらしく、受付が設置されていて顔なじみの男女ふたりずつが座っていた。


「千花ちゃん久しぶり〜!元気だったー?うちのクラスはこっちで受付けだよ。後は……え?氷河くんと一緒に来たんだ」


 僕が一緒にいる事で受付がかなり動揺しているけど、やっぱり来ない方が良かったのだろうか?


「あの……やっぱり僕は不参加でおね―――」


「ダメ!!当日でもお金払えば大丈夫でしょ?」


「も、もちろん大丈夫だよ。氷河くんですね。お店にも数人の誤差は問題ないと了解を得てますから」


  千花が僕の元クラスメイトに尋ねて無事に参加が許された……だけどどちらのクラスの受付も明らかに僕をみて戸惑いを隠せずにいる。でも僕はなんだから空気を読む必要もないのでこんな時でもあまり気にしない。かなり便利で有効な使い方である。


 さらにお店の中へと進んでいくとすでに乾杯は終わっているらしく、いくつかのグループが出来上がっていた。

 最初から行くと僕が注目を集めてしまうので、少し遅れて行こうと千花が気を遣ってくれたのだ。


 千花の姿が見えるなり、それに気付いた中学生時代の陽キャ軍団があっという間に周りを取り囲んで姿が見えなくなってしまった。

 僕がポツンとひとり取り残されていると、遠くからゆっくりと近づいてくる影が。


「なんだメモリー?お前も来たのかよ」


 不機嫌そうな声で話しかけてきたのは、もちろん浩一だ。


「クラス会だから記憶がなくても参加する権利はあるし、もしかしたらいろんな記憶が蘇るかもしれないからね」


 そう。たとえば事故現場にお前がいた事だって急に思い出す可能性だってあるんだぜ。


「チッ!とことん邪魔な奴だ。余計な事はしないで大人しくしてろよ?」


 言いたい事だけ行って、女の子の集団へと戻って行った。

 中学時代も陽キャの代表格で人気があったアイツは、このクラス会でも女子達からもてはやされて人気者だ。

 ……面白いクラス会になりそうだな。僕はひっそりと目立たないように端の席に腰を掛けてアイツの事を目で追っていた。


「メモリーごめんなさい。みんなに捕まってしまって……」


「僕の事は気にしないで。もうすぐオリエンテーションが始まるみたいだよ」


 申し訳なさそうな表情をしている千花をなだめ、アイツの方に目線を送ると不敵な笑みを浮かべてこちらの様子を伺っていた。なにか仕掛けてくる気満々ってところか?

 それならこっちとしても都合がいい。今までの借りを少しずつ返させてもらうだけだ。


 * * * *


「それではだいぶ人数が絞られてきたので、ここからは残りのメンバーに前に出て来てもらいましょう」


 某テレビ局が行っている高校生クイズのようにYESかNO形式で問題が出題され、すべて正解となった残りの3人が司会者に促されて前へと並ぶ。


 僕と元生徒会長そして……浩一クズ


 今まで影が薄くその場にいてもほとんど気付かれなかった僕だけど、存在が確認されるとさすがにどよめきが起こっていた。僕は心を空っぽにした。いろいろな噂話を耳にしても問題ないように。


 今回のクイズで元生徒会長は中学生の頃から成績が良かったのでファイナリストに残るのはわかる。僕の学校も有名な進学校なので勉強さえしていれば当然だ。

 ……ただアイツだけが不正している所を僕はしっかりと記憶した。


「決勝戦は昔懐かしい中学時代に行った数学の実際のテストで、競い合ってもらいましょう!」


 これはまた面白い趣向だ。

 高校生にもなってまさか中学校の時のテストとは結果が楽しみで仕方がない。

 さあゲームの始まりだ。


「終わったら手を挙げてください!では……スタート!!」


 僕は問題を見る前に浩一をチラリと観察する。

 おいおいキョロキョロ遠くを見ていったいどうしたんだ?探している人物なら千花が盛大にジュースをそいつに誤ってぶちまけてしまったから今頃トイレで洗っているはずだぞ?


 その人物の姿を確認できないと分かると、異常なほどの汗を額から流してテストへと目を向けていた。

 ひとまず僕も一旦テストに集中しよう。


「はい!終わりました」


「「「おーーーーー!!」」」


 僕が5分ほどで早々に一番先に手を挙げると歓声が上がった。

 中学生の問題であろうと、20問もあれば1問に1分かかったとしても20分はかかるのだ。

 それでも僕は5分で回答してしまったのだから、みんなが驚くのも当然だ。


「さすが有名校でも成績上位者だな」そんな声がちらほら聞こえてくる。千花のやつが流してしまったのだろう。


 全てを記憶している僕に過去の問題なんて間違えようがない。

 しかも僕は記憶喪失だから答えを暗記している疑惑さえも起こることはない。

 

 次に10分ほどすると元生徒会長が手を挙げる。

 そして注目のアイツはどうだろうかと、隣の席の答案用紙に目を配ると……


 や、やばい……本気で爆笑してしまいそうだ。

 すでに20分が経過しているのに、まだ1問目の確率の問題をやっている。


 こ、こいつほんとに高校生か?

 もう順位も決定してるし司会者に僕はこう告げる。


「もう助けてあげた方がいいみたいですよ?なんだか可哀想で……」


 会場がどよめいている。僕が馬鹿にしてるとでも思ったのだろう。ここは司会者に一肌脱いていただこう。


「あの……見て解説してあげてください。調子が悪かったのかも」


 中学生の問題で調子が悪いもなにもあったものではない。


「では拝見させて……え?」


「しかいしゃー!どうしたんだよー?」


「えーと……まだ1問も出来てません」


 会場中が静まりかえる。


「問題が難しかったんじゃないの?」中学時代に浩一親衛隊だった女子が助け船を出す。

 ……こいつさらに追い込みをかけやがった。


「問題ですが……5本のアイスに当たりが1本、はずれが4本。当たる確率は?」


「「「「 5分の1 」」」一斉にみんなが答える。


 浩一の顔が真っ青になっていた。


『うそでしょー?』

『マジやばいじゃん』

『なんであんな進学校に入れたの?』

『カンニングじゃない』

『浩一様はおバカだった』


 わざわざこんな絶好の舞台を自ら作ってくれてありがとうございます。

 世間の信用を失いかけた僕に比べれば可愛いもんじゃないか。

 中学時代に大人気だったイケメンの浩一くん。


 衝撃的なクイズの余韻を残したまま、なんとか司会者が会場を盛り上げようとしていた。


「次のゲームは動体視力ゲームです!!なんと今回の優勝者にはここにいるメンバーになんでも言うことをきかせる権利が与えられます!」


 どうもアイツが絡んでいそうな優勝者の景品だな。

 青ざめた顔のまま、会場へと戻ってきた千花の顔を見て下品な表情を浮かべニヤついている。

 きっと下衆なお願いでもする気なのだろう。

 さすがにこの景品には多くの女子からクレームが湧き出した。


「セクハラされるに決まってるじゃない!絶対ムリ!」


 さすがにそうなるよな?このゲームは諦めるしかないのかも―――


「希望者だけでやりましょうよ?」と発言したのは千花だった。


 こちらを見るなり目で合図を送ってきた。さすが幼馴染、僕の考えを読み取ったのか。


「はい。参加します」僕が手を挙げる。間違いなく釣れるだろう。


「俺も!名誉挽回の為に」はい!釣れたー!お前に名誉なんてものは最初からないんだよ。


 さらに言葉を続ける。


「千花をかけて勝負しろ。俺が勝ったら一晩千花には俺と一緒にいてもらう」


 またも正気を失ったか。


「千花を物みたいな言い方はやめてください。そんなの受けるわけがないじゃないですか」


 受けるわけがないだろ。しかしこの話し方は疲れるな。


「いいわよ」


 え?僕を含めたみんながさすがに驚いている。

 千花が僕を真剣な眼差しで見ている。本気だ。それなら……


「わかりました。それではそんなクズみたいな条件を出すあなたが負けたら、僕らの学校で自分の事も相手から呼ばれるときもあなたのお名前は『クズ』でお願いします」


 ちょっと吹っ掛けすぎただろうか?会場の空気が凍りついたように静まりかえってしまった。


「いいだろう」余裕の顔であっさりと承諾した。

 ……またイカサマか。ここまで来たら容赦なく叩かせてもらう。


 ゲームは色付きカップ3つの中に500円玉を1枚入れて、どのカップに入ってるか当てるだけの単純なゲームだ。

 今回は同時にゲームを行う。

 ちょっと待て?カップを持ってるコイツはさっき千花がシャツを汚した奴じゃないか。つまりまたもグルでなにかする気か?


 勝負は1回のみで失敗は許されない。僕の持つ能力全開で勝つしかない。


 慣れた手つきで次々とカップを入れ替えていく。

 なるほど……コイツは手品の類でもやっているようだ。

 でも僕には力がある。これもイカサマなのかもしれない。でもコイツだけは許せないのだ。


「さあどれだ?」


 ……どうする?

 全ての映像も記憶した。

 答えは、いまはどのカップにも入っていない。

 浩一は隣で勝ち誇った顔をしている。きっと答えたカップに500円玉を入れるのだろう。


 それなら……


「先に回答してください」


「いいだろう。これだ!」浩一が一番左のカップを指さした。


「では僕は……その前に公平性を保つために今回危険な賭けの対象になってくれた千花にカップを開けさせて欲しいのですがみなさんいかがですか?」


「うんそれくらい当然だな」

「問題なし」


 司会者からも了解を得て正式に認められた。

 もちろん隣で固まっている奴がいる。


「答えは……どれにも入っていない」


「「「「えっ!?」」」」


 全員が驚くのも当然だ。どのカップにも500円玉が入っていないなんて前代未聞だからな。


「その方が落としたのか、それともこちらの方と最初からグルなのか僕にはわかりませんがどれにも入っていない気がするのです」


 僕の記憶では途中で500円玉が消えると同時に微かに何かで受け止めるような音が聞こえたのだ。


 みんなが緊張する中、ごまかされまいと千花が一斉にカップを上に挙げた。

 テーブルには500円玉は影も形もなかった。


 こうして浩一を堂々とクズと呼べるようになったのだった。


 

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