第8話 比嘉丹祭り ~ありがとう~
青葉から零れる日射しが、汗ばんだ頬に刺さる。
少し、握り慣れた箒の柄、箒の穂先が左右に揺れ、集められた真緑色の葉はそこまで多くはない。
縁側には、木陰によって緩んだ日射しが、古びた板に温もりを与えている。
身を寄せる合っている猫達があくびをしている。
前よりふくよかになっている気がしなくもない・・。
古ぼけた朱色の鳥居と、鳥居よりも立派な狛犬達が見下ろす境内の奥。
威厳のある本殿が聳え立っている。
この神社の主神である比嘉丹様が鎮座されている。
自分、藤城依天(とうじょう・いそら)は、比嘉丹神社でアルバイトに勤めて、4ヶ月が過ぎた。
日々、巫女の仕事をこなす上で分かった事がいくつかある。
参拝客は1日多くても15人くらい。
任せて頂いている【巫女のお悩み相談室】には、お客さんは来ない。
多くの参拝客は、近くの商店街の方が、朝と夕の散歩のコースとして利用する。
本殿の裏には、集会所があり商店街の方々が会議をする場として年に2回使用される。
そしてたまに、アニメか漫画の影響で神社の写真を撮りにくる集団がいる。
比嘉丹神社では年に2回、大きなイベントがあるらしい。
1つ目は、お正月。
日頃、参拝に来られない方が参拝に来て下さるため、その時ばかりは臨時のアルバイトを募集するのだと
市川さんは言っていた。
神社の跡継ぎである市川明佳さん(いちかわ・あすか)は、普段は塾講師をしている。
お正月と言えば受験シーズンと被る。
どのように、両立させているのか少し疑問感じる・・・・。
2つ目のイベントは、比嘉丹様に捧げる「比嘉丹祭り」。
このお祭りは、商店街の方々の協力のもと行われるもので、境内に沢山の屋台が並び、近所の中学生による
和太鼓のパフォーマンスが恒例だという。
産まれてからずっと、隣町に住んでいたが、ここに神社がある事も祭りがある事も初めて知った。
ほんの少しずつ・・・少しずつ理解していけているそんな気がするのは
お守りの値段を覚えられたからかもしれない・・・
お盆に乗せた追加の麦茶が歩くたびに左右に揺れ零れさそうだ。
集会所では熱い言葉達が激しく飛び回っている。
この光景を見るのは、今日で3日目。
集会所では、今年の比嘉丹祭について、新しい風を吹かせようと商店街の2代目達が集まっている。
ちなみに初代達は、全国の神社仏閣巡り中だ。
その中には、この神社の宮司である御爺さんもいるという。
先ほど、お茶を運んだ時には、誰がどの場所を使うかで揉めていた。
仏具屋さんと惣菜店「はるみ」が鳥居に一番近い場所を奪いあっていた。
市川さんに曰く、売る場所によって売り上げが大きく異なるらしい、その為この光景は毎年行われるという。
この祭りは比嘉丹神社にとって、とても大切なものだとトヨさんが言っていた
特に今年は、商店街方々がとても力を入れているらしく
その理由が長らく行われていなかった「神楽」を復活させるからだという。
その「神楽」を舞う役として指名されたのは自分だ・・・。
3日前の会議の初日に、トヨさんによって声高らかに宣言した。
「皆、集まったか・・・今年から【神楽】を復活させる!よいな!では、会議を始める!」
「「「「「・・・・・・」」」」」
それまで少しざわついていた会場は、鼓動の音が聞こえるような静けさが支配した・・・。
「えっと・・・トヨばぁ・・マジで?トヨばぁが舞うの?」
「いやっ!無理だって!トヨばぁ俺が小学校の時からこの姿じゃん!」
「もぉー、失礼な事言っちゃダメだって!きっと、近所の子が舞うんじゃないの?」
思い思いの言葉が軽やかに踊っている・・。
その光景は、新しい小説を読んでいるように見えた・・・。
トヨさんの声が続きを紡ぐ。
「【神楽】は、この依天が舞う!」
「・・・・えっ・・?」
その言葉に全身が飛び上がった。
世界が止まる・・・・。
自分を置いて、世界が加速する・・・。
そんな感覚に、指先から温度が逃げていく・・・・。
驚きで加速した心臓が、少し前の記憶を呼び覚ます。
20分前、過去の記帳簿を整理していると、珍しく市川さんが呼びに来た。
「ごっふぉ・・うぅえ・・なんじゃここ・・依天!な・・ごっふ・してんの?」
白いシャツに紺のスラックスといつもよりラフな格好の市川さんが、社務所に入ってきた。
「市川さん。お疲れさまです。・・いま?今は、過去の記帳簿の整理をしています。今日の昼間に絵馬が多くなった事に気が付いて、保管する場所を探していたのですけども、社務所の中に戸棚がある事を思い出して。」
「なる!そこに仕舞おうと思ったら、過去の記帳簿が無造作に積まれてたと・・・。」
市川さんは、右手の人差し指を立てて満足気に探偵をする。
「んまぁ!そこに仕舞った方が出しやすいしな!ちなみに、そこに記帳簿突っ込んだの俺だけど!」
胡散臭い笑顔で、両手を合わせられた・・・。
「そんな事より!30分になったら15人分のお茶、集会所に持ってきて!」
そんな事・・・。
小さな疑問が走り回る。
「集会所ですか?30分ですね。分かりました。」
走り回る疑問達を横目にお茶の準備をすべく、居住スペースにある台所に向かう。
15人もいるのか・・・。
茶菓子が人数分あった気がしない。
この集会所に入ったのはつい先日の事だった。
突然、トヨさんに集会所の掃除を命じられ、初めて入った。
集会所の中には、とても古そうな扇風機が2台。
部屋の端に畳まれて収納されていた長机とパイプ椅子が十個以上。
熱くなった外気によって蒸されている室内の温度によって額から汗がにじみ出る。
右手に持った雑巾が木製の床の色を変えていく。
埃が被っている長机とパイプ椅子。
パイプ椅子は、所々錆びている。
何年も使われているのが良く分かる。
近々、この集会所を使う予定があるとトヨさんは言っていた。
読みかけの小説を急に閉じられるように、大きな声が思考を遮断する。
自分を呼ぶ声に、過去へと戻っていた目の前が、戻らされる。
右に立っていた、トヨさんが確認する様な眼で自分の答えを聞いてくる。
好奇心に満ちた多くの眼がこちらを見ている。
反応しない体は縛られたように動かない。
諦めのような、抑えきれないような・・・そんな色が胸に広がった。
あぁ・・前に神楽がなんとかとか言っていた様な・・・。
そうだ・・確か・・雇ってもらう時に話していた・・。
できる?出来ない?
きっと・・・出来ない・・・。
でも・・・。
混乱する思考と相反するように口が勝手に動いた。
「・・・はっはい・・藤城です。よろしくお願いいたします。」
トヨさんと市川さんは、とても満足そうな息を吐いた。
その場でそれ以上の説明はなく、不安と戸惑いに歪めているであろう自分を市川さんが笑顔で引っ張っていった。
自分が思い出せるのは、此処で終わり。
その後、どうやって残りの仕事を終えたのか、どうやって家に帰ったのか・・・・・。
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