魔法使いのジジイのダンジョン攻略

さっと/sat_Buttoimars

第1話「銀貨の道」

・一二神

 この世界を支配する一二柱の神々。圧倒的な力を持つ。

 豊法夜竃海地の女神と、

 死戦天知商匠の男神が在る。


■■■


 黒膜が張った白骨あばらのような意匠。死神に縁あるダンジョンと魔法使いは見た。

 入り口から真っ直ぐ伸びる通路は狭く、一人ずつしか通れない。子供なら背中合わせで二人で行ける幅。

 通路の床には風化し、しつつある装具を着た人骨が複数。骨が混じって判別は難しいが一○人以下で多くはない。それに加えて――目撃情報によれば――全身を槍で滅多打ちの滅多刺しにされた、まだ腐敗も始まっていない半甲冑を装備した冒険者と肌着一枚の痩せた奴隷の、骨格の原型が失われた死体が二体。

 槍の罠が仕込まれた通路はこのダンジョンへの侵入者を拒む城門である。ただ侵入を防ぎ、中の何かを封印するのなら壁や地面に埋めてしまうものだ。しかしこれは封印ではなく開け方がある扉の類である。中にいる主が招かなければ開かない型かもしれないが。

「おら!」

 幼い顔の割りに筋骨逞しい少年戦士が人程度の大きさに加工した丸太を通路に放り投げる。すると宙にある内に複数の斧槍が何度も丸太を素早く叩いて落し、落ちてから別の槍が何度も刺突する。

「変な軽い足音、右の方は五か六人」

 通路右側の壁に耳を当てて仕掛けの音を拾っていた耳長の少女狩人が解析する。

「風車や水車のような軋む音は無かったか?」

 狩人は森を出たばかりで外界の知識は薄い。この依頼を受ける前に、何の意味があるのかと訝しがる彼女に魔法使いは聞かせられる限りに音を聞かせた。

「ジイ、無いよ」

「うむ。次は左だ、嬢」

「うん」

 狩人が今度は通路左側の壁に耳を当てる。

「もう一度投げろ」

「おうジジイ!」

 戦士が藁人形を投げる。前と同じく複数の斧槍が壁の隙間から振り下ろされて叩き落され、前と同じく別の槍が何度も刺突する。藁が舞い散る。

「音が同じ、揃ってる。六体、間違いない」

「坊、何本か見えたか」

「おう。斧付いてるのが左右から三本ずつ、槍も三本ずつだ」

「錆びてたか?」

「うーん、血は付いてたけど、でも刃のところは真っ白く見えたぞ」

 戦士は辺境の出で知識は浅いがその視力は優れていた。

「これだけ打ち殺しても錆、刃毀れもほぼ無い。業物と見て良さそうだ」

 ”得る前に捧げよ”とこの通路の上には文字が刻まれている。その言葉に従って安く買った奴隷を突き飛ばして生贄とし、それで正解したと思って通ろうとしたら打ち殺された冒険者が目前に斃れている。

 老いて第一線で活躍出来なくなった魔法使いは新人育成に力を注いでる。素質はありそうだが物を知らぬ少年戦士と少女狩人を連れ、その斃れた冒険者の仲間から依頼を受けて遺体の回収に臨んでいる。回収ついでに可能ならそのダンジョンの奥にあるお宝を得られればとも考えている。

 魔法使いは白くなって久しい顎鬚を撫でて考える。

「ちょっと手痛いが、わかったぞ」

「ジジイ本当か?」

 魔法使いは通路に正対する形で膝を突き、床に絹の手巾を敷いて祭壇とした。台は無くても良い。

「ジイ、何してんの?」

「祭壇だ」

 そしてその祭壇に商神の奇跡により発行される銀貨を二四枚並べた。これであの冒険者からの報酬は容易に吹き飛ぶ。

 魔法使いは手を合わせ、瞑目して唱える。

「冥府と地獄、魂を司る死神よ。ここに商神銀貨二四枚を捧げます。どうかこの通路を塞ぐ御柱様の僕をお止めください。この老いた魔法使いエリクディスが祈ります」

「消えた!?」

「おお!?」

 戦士と狩人が驚いた声を出し、魔法使いエリクディスが目を開けると二四枚の銀貨が消失していた。

「どういうこと?」

 狩人は好奇心があり、頻繁に尋ねて来るので教え甲斐がある。

「通路の壁の奥で待ち伏せをしていた死神の僕が一二体。そして死神に何か願う時、特に魂を冥府へ渡す船賃が一人に付き商神銀貨二枚だ。儀式の場を整えて跪き敬意を表し、適切な対価を支払い、死神に祈り、願いを叶えて貰ったのだ」

「ジイ、頭良い」

「うむ、そうだろう」

 祭壇を始末してエリクディスは立ち上がり、自慢げに髭を撫でる。歳を取っても褒められれば嬉しいのだ。

「それじゃあ、六枚捧げて三人通してって願えば良かったじゃねぇの?」

「ジイ、頭悪い」

「神々は願った通りにしか叶えてくれない。死神に祈る以上、肉体も通してくれるかは話が別だ。帰り道まで保証するかも別だ。願いを二回も叶えてくれるかも分からない。火を消すのなら火ではなく燃えている薪に水を掛けるのだ」

「ジイ、頭良い」

「うむ、そうだろう。坊、人形を投げてみろ」

 ちょっと悔しそうな戦士が、八つ当たり気味に藁人形を通路に投げ入れる。するとそのまま通路の奥の方へと転がって行った。

「お、ジジイすげぇ! インチキじゃない」

「ガイ、反省しろ」

 狩人が少年戦士ガイセルの背中を叩く。

「うん。ジジイ、悪かったな」

「うむ……」

 ガイセルが、身長差もあるがエリクディスを見下ろしつつ謝罪する。口調と態度はともかく素直なのだ。

「シャハズも反省しろよ」

「何で?」

 エリクディスは少女狩人シャハズに”頭悪い”と言われたことは忘れていない。

 通路に踏み入り、エリクディスはそれでも冷や汗は掻きつつも進む。通路の壁を見れば縦長の隙間があり、靭帯巻きつく太い白骨の槍兵が左右六体ずつ並んでいる。穴の形と合わせ、床を這っても、どうにかして天井伝いに行っても打ち、突かれるようになっている。

 通路を通り抜ける。そこから下は折り返して深いところに通じる階段があるだけ。

「まずは回収だ」

 死んだ冒険者と哀れな奴隷をガイセルが担いで運ぶ。シャハズは白骨になった過去の冒険者達の手荷物を漁る。金属類は全て錆びて朽ち、革も風化しつつあって使えるものではない。

「はいジイ」

 シャハズがエリクディスに手荷物から漁った商神銅貨と銀貨をくれた。二四枚の対価には届かない。彼女は欲が無い。

「ありがとう。骨も拾うぞ」

「どうして?」

「埋葬する。見知らぬ人でもそのくらいしておくのが良識だ。これは我々の未来かもしれないからだ」

「ふーん」

 エリクディスとシャハズは八体分の遺骨を外套に包んで運ぶ。ダンジョン入り口の傍のガイセルに穴を掘らせて要らぬ遺品も合葬して埋める。そして墓標に石を積んでおく。

 行き倒れの装具や道具を回収して役立てるのは冒険者の作法であるが、放置せずに埋葬するのは人の良識である。


■■■


 近くの村へ戻り、依頼を受けた冒険者へ死体と装備を引き渡す。

 引き取った者達は奴隷を哀れみ、死んだ仲間に涙を流していた。人の心は複雑である。

 謝礼と礼金を受け取り、収穫時期に働き手を泊める宿に、今は時期外れだが料金を多少上乗せすることで三人は泊まった。上乗せ分は必要経費で足元を見られているわけではない。

 礼金の額は商神銀貨一枚と削れた人造銀貨四枚である。宿代と食事代を払っても十分お釣りはくる額だが、二四枚の対価には勿論及ばない。

「ジジイ、死体渡さないで装備取っちまった方が儲かったぞ。あの半甲冑、傷物でも金貨五○枚はするだろ」

 ガイセルは素直な若者だが、辺境出身なりに蛮性が強くてそのような発言をする。

「物を剥ぎ取って放置しておくのは盗賊がやることだ。彷徨い人ではあっても他の冒険者には仲間意識を持つことが寛容だ。いつどこで誰に助けられるか分からない。逆を言えば、いつどこで誰に背中を刺されるか分からない。だからこそ知らぬ者、例え奴隷を罠に掛けるようなクズでも出来るだけ親切にしておくのが長生きの秘訣だ」

「ジイ、賢い」

「ただ決して簡単に気を許したり背中を見せたりするという意味ではないぞ」

「そうか。じゃあ、一休みしたらダンジョンに突入だな!」

「それは明日、天気が良かったらだ」

「なんで直ぐに行かないの?」

「疲れた。それに一日で何でもいっぺんにやろうとすれば大体、小さくても失敗しやすい。特に侵入者を殺す目的があって造られた場所に入るならな」

 エリクディスは既に若い時の体力を思い出せぬ老境に達していた。元気な若者二人に理解は難しかったが、素直なのでそれに従った。


■■■


 日を改めてダンジョン攻略を行う。

 通路の、壁の隙間の向こう側にいる白骨槍兵は消えることもなくそのままいる。

「あの槍とか取れない?」

「あれは死神の僕の物だ。呪われるぞ」

「勿体無い」

 通路までは日光が届いていたが階段の下は暗闇だ。下りる。

 身軽で感覚に優れる耳長エルフ族のシャハズが先頭に立ち、慎重に杖先で床や壁を突きながら進む。

 経験と知識が豊富なエリクディスが中間に立ち、松明をかざしつつ目に付く物を分析していく。

 ガイセルは殿に立ち、棍棒と廃屋の扉を改造した大盾を手に戦闘に備える。

 内部は変わらず黒い膜が張ったような白骨あばらの意匠。がらん胴になった大蛇の体内に潜るような気分になれる。

「ジジイ、どんな財宝があるんだ?」

「死神にまつわる財宝と言えば川の渡し賃としての銀貨。ここが墳墓かは分からないが、もし墓の守護を願ったならば渡し賃より多く捧げることもある」

「金貨?」

 単純なガイセル。

「それもあるだろう。冥府には今まで捧げられた分の金があると言われる」

「そんなに!?」

「ただまさかここは冥府への横道ではないだろう。冥府へ死神の神官が参拝する奈落への道は遥か遠国だ」

「副葬品は取っていいの?」

 賢いシャハズ。

「それが金に変えられぬ貴重品の可能性は十分ある。ただ副葬品の盗掘は死者を、死者の守護を約束したのならば死神を侮辱することになる。人の身では避けられぬ呪いが掛けられよう」

「進む意味あんのかよ」

「進めば分かる」

「マジかよ」

 進めば向きが反転する階段を三人は四度降りた。罠は無し。そして広い部屋に出る。玄室かと思われたが棺は置かれていない。代わりに、部屋の中央に全甲冑が手に剣を持ち、刃先を床につけて杖のようにして立っていた。

「副葬品?」

 シャハズが首を傾げる。

「坊、前!」

 単純なガイセルは言われた通りに動く。全甲冑の斬り上げを、勢いが乗り切る前に大盾で防ぎながら体当たり。全甲冑の足甲の裏が石の床を引っ掻いて音を立てる。

「気配無い!?」

「生き物じゃない。坊は抑えてろ、嬢は裏から甲冑の隙間に物を挟んで動きを止めろ。肘を狙え、あの構造じゃ膝は浮いてる」

 部屋が暗い。また松明の灯りは動く全甲冑の正面を照らすだけで裏は照らしておらず、シャハズが背後に回れば逆光になって彼女の目が潰れる。そしてエリクディスは松明にいる火の精霊に精霊の言葉で呼びかける。

『四方を照らせ』

 松明の炎が散って、部屋の四方に浮いて照らす。火の精霊特有の騒ぎ声が頭に響き、エリクディスの集中力が削られ、一瞬強引に目を閉じてしまって失神しかける。熟練の魔法使いなので心構えで持って持ち応えるが、一○年若ければ眩暈で済んだ。松明を床に置く。

 灯りで部屋には更に奥へ繋がる扉が見えた。取っ手も無く壁と一体になっているが隙間がある。

 ガイセルには戦いの素質がある。大盾で動く全甲冑の動きに合わせながら押さえつけ続けて剣をまともに振らせない。押し合い圧し合いの単純な力比べならば怪力のガイセルよりも動く全甲冑の方が上であるが、力の受け流し、足捌きの巧みさならばガイセルが上だ。

 灯りに動く全甲冑の全容が浮かび上がる。おそらく古い物だろうが入り口の罠によってこれまで傷一つつけられてこなかった新品同様の全甲冑だ。錆の痕跡も無く人造の金属ではない。鎖帷子と合わさって基本的に鎧を通して装備者に致命傷を与える隙間は無いものの、可動部位には物が挟まる隙間がある。

 シャハズが短弓を持って矢を番え、背後から動く全甲冑の肘の裏を射って鏃を挿し込んでいく。関節と鏃が擦れて耳障りな音を立て、腕の動きが鈍る。

 ガイセルの牽制が優勢に傾いてくる。動く全甲冑の足がもつれ気味になったところでシャハズが踵でその膝裏を蹴って体勢を崩し、追撃に杖の持ち手を首に引っ掛けて引き、遂に転倒させる。ガイセルは大盾を捨て、動く全甲冑に馬乗りになり、剣を手放さない手を両手で掴まえる。もみ合っている内に剣がガイセルの左上腕を切り裂くが軽傷。

 掴まえている内にシャハズがその腕、手首の隙間に残りの矢や短剣を差し込んで縄で縛って固定する。

「ジジイどうすんだこれ!? ぶっ叩く?」

「そんな柔な作りじゃないだろう」

「ずっとは無理だぞ!」

 ガイセルは馬乗りになって優位にはなったものの、這い出そうともがく動く全甲冑の制動に汗と血を流している。シャハズは剣の腹に立って出来るだけ動かないようにしている。

「どれ?」

 エリクディスは雷の杖の石突きで動く全甲冑の兜の面貌を跳ね上げる。勿論そこには人の顔も髑髏も無い空だ。ただし、後頭部の場所に宝石が一つくっついている。

「核はこれだな」

 石突きを当ててエリクディスは核を穿り外そうとするが手応えは固いまま。上手く梃子に嵌って抉った時でも歯が立たない。

「少し待て」

「早く!」

「ガイ、焦らせない。ジジイなんだから」

「うるさいわ」

 雷の杖の筒へ、山羊の角から作った容器から錬金術で生成した雷の素を入れ、次に鉛玉を込めて筆の毛が無い方で突いて奥まで入れる。そして中身が落ちないように皮屑を詰める。エリクディスはあらゆる魔法を使いこなすのだ。

 雷の杖先を動く全甲冑の兜に突っ込み、核に筒先を当てる。

「耳を塞げ!」

 シャハズが耳を両手で塞ぐ。ガイセルは動く甲冑を抑えているので一瞬戸惑うが、思い切ってと決心してから両手を離して塞ぐ。

 そして部屋の四方に浮かぶ炎、火の精霊に精霊の言葉で呼びかける。

『杖の筒の中をほんの少し燃やせ』

 雷が炸裂した。便臭い煙が上がり、動く全甲冑は止まった。それと同時に今まで中に人が入っていたかのように形を成していたのが崩れた。

 またエリクディスの集中力が火の精霊の騒ぎ声で削られ、杖に寄りかかって転倒を防ぐ。精霊の魔法を使う者の多くは杖や槍など寄りかかる物を愛好する。二○年若ければこの程度眩暈もしなかった。

「ジジイ、すげぇ! 本物の魔法使いみたいだ!」

「ジィ、うるさい、臭い」

 そう言いながらシャハズが指に唾をつけていかづちの杖の筒口を触る。熱で唾が音を立てる。理解は完全ではなくても何かは分かっているようだ。

 エリクディスは道具袋から止血の薬草を取り出し、酷い味を我慢しながら噛んで練ってガイセルの腕の傷に貼り付け、それから包帯で巻く。老齢だが歯は頑丈だ。

「大丈夫か?」

「汚くないわい」

「臭いだけだもんね」

「うるさいわ。次は嬢が噛むか?」

「不味いの嫌」

 シャハズのエルフの森では割りと良い物が食べられている。いかなる時代でもエルフが飢饉に陥ったという話は聞かないし、訪問者が料理を絶賛する話は聞く。

「傷大丈夫かこれ?」

 ガイセルは傷を気にする。軽傷ながら毒が回ればそれで熱を出し、豪傑ですら呆気なく死ぬ時はあるのだ。

「後で生捕りにした動物を豊神に捧げてその傷を癒して貰おう。一休みだ。奥に行くのは後だ」

 部屋には扉があり、その先がある。

「私が獲って来る。任せて」

 シャハズは別に仲間意識が無いわけではない。

 応急手当も終わり、全甲冑を検分する。シャハズは矢を回収して修理が必要か見てから「行ってくる」とダンジョンの入り口へ行った。

「良い業物だ。鎖帷子も剣もだ」

「俺これ着る」

 ガイセルがそう言う。

「待て。呪いが無いか調べる」

「どうやって?」

 ガイセルが首を傾げる。

「知神と知識を交換することで理解するのだ」

「どうやって?」

 ガイセルはますます首を傾げる。

「まず兜」

 エリクディスが兜を手に取る。鎖帷子が中から抜け、そのまま持ち上がる。先ほどまで中身があったかのように動いていたとは思わせない手応え。

 跪いて絹の手巾を敷いて祭壇を作り、そこに兜を乗せる。そして手を合わせ、瞑目して唱える。

「知と書庫と禁書庫、知識を司る知神よ。この道の武具の知識をお授け下さい。そちらの望む知識を披露いたします。この老いた魔法使いエリクディスが祈ります」

 そうするとエリクディスの頭に(あなたの雷の杖に関して一つ教えなさい)と直接言葉が響く。

「は。これは錬金術の産物であり天かける雷を発する道具ではありません。名は相手を謀る偽りです」

 そのようにまず答えた。それが”一つ”に不足するなら催促がある。ただ今回は不足が無く、エリクディスに知神の書庫に蓄えられた知識が一部共有され、目の前の武具、全甲冑と剣を理解する。

「この兜、全甲冑も含めて五分程度のアダマンタイトと残り九割五分鉄の合金で出来ている。アダマンタイトの純製だと重すぎて実用品には遠くなってしまうからだ。またこれは呪われてはいたが、先ほどわしが雷の杖で核となる呪いの宝石を打ち砕いたことにより消失した。その呪いとはこの全甲冑を生きているが如く動かし、守護対象外の者を殺戮する呪いだ。そして守護対象とは通行の証となる物の持ち主とこの部屋の扉である。通行の証は……物が無いとはっきり分からんな。ともかく剣も帷子も似たようなものだ。こっちは元から呪いも何も無い。そのまま使えるぞ」

「本当か!」

 エリクディスが兜をガイセルに被せると、頭が大きくて嵌らなかった。

「入らねぇ?」

「まあそうだと思ったが、これを着るには調整しなくてはならんな。鎖帷子はどうだ?」

 腕甲手甲、脚甲足甲だが前後で分離しておらず、そのまま通さないといけない作りになっている。胸甲と背甲も分離しておらず、頭の方から被って脇腹で締める作りだ。

 ガイセルが鎖帷子に袖を通そうとするが、やはりこちらも小さくて着られない。頭まで守れる頭巾付きで、勿論頭が入らない。首のところでつかえる。

「調整ってどれくらい掛かるんだ?」

「アダマンタイト合金は並みの鍛冶屋の腕と道具じゃ歯が立たん。匠神の鍛冶神官に頼むとして金貨一○○○枚は最低だろう」

「一○○○!?」

「うーん、嬢が着るかな」

 階段から降りてくる軽やかな足音。

「私?」

 兎の両耳を片手に掴んだシャハズが戻ってきた。エルフの狩りは素早い。

「鎖帷子だ。坊じゃデカくて着れない」

「ガイのデカブツ」

「デカいけどよ」

「ほらデカいの、座れ。動くなよ」

 エリクディスはガイセルを座らせてその背に回り、生きた兎をシャハズから受け取ってその鼻と腹が動いて生きていることを再確認する。

「農地と産室、豊饒を司る豊神よ。この生贄により、この腕に傷を受けた若き戦士ガイセルを癒して下さい。この老いた魔法使いエリクディスが捧げます」

 エリクディスはガイセルの頭上でその兎の腹を短剣で開き、その内臓と血を浴びせる。浴びた内臓と血の一部は傷ついた腕に伸びていき傷を塞ぎ、残りはガイセルの肌や服にまとわり付きもせずに流れて床に達するやどこへとも無く消え去る。腹を裂かれた兎も力尽き、どこへともなく骨肉が失われてただの毛だけになって散る。

 ガイセルが立ち上がり、左腕を動かし、兎の毛を払い、くしゃみ。止血の薬草と包帯を外すと傷跡は残ったが傷は塞がった。豊神は犠牲と引き換えに産み出す力があり、元に戻すのではない。

「ジジイ、すげぇ! 本物の神官みたいだ!」

「ジイ、すごい」

「うむ、そうだろう」

 年老いたとは言えすごいすごいと褒められればエリクディスとて嬉しいのだ。

 それからシャハズが鎖帷子を試着してみたところ服の上から着ても大きかった。額、脇、腰を帯で閉めれば十分に着られる。

「重いし動き辛い、ダブダブ? ザラザラする」

 鉄は重い。アダマンタイトは更に重い。体に合わないので鎖が揺れて余計に疲れる。身軽さが特長のエルフ狩人には不向きであった。勿論、衰えを感じるエリクディスは論外である。

「あれだな。後で半外套にして肩に引っ掛けるようにすればいい、紐をつけるだけだ。坊は右利きだから左肩だな。剣を振るのに不便があってはいかんし、今回斬られたのは左腕だ。右利きの敵が一番斬りやすいのもその辺だ」

「そんな使い方があるのか」

「戦場で拾った敵の防具を何とか着る技ってのがある」

 自分の体に合わない防具を何とか装備しようとするのが装備を自弁出来ぬ雑兵の技である。脛当てを額当てにしたり、鎖帷子を前掛けにしたり、胸甲を盾にしたり、色々である。

「そうだ剣!」

 傷も癒え、動く全甲冑が使っていた剣をガイセルは手に素振りを始める。刃筋が通っておらず、その空想の敵を叩き伏せる様は棍棒を持った蛮族であった。

「坊は剣術をどこかで学んだ方がいいな」

「そうか?」

「一方的に叩きのめせる場合ばかりじゃない。それだと本当の格下相手にしか勝てん」

「そうか」

「精進しろよ」

「そうだな」

 精進と言ったシャハズは森から出てきたばかりだ。しかしあの喋り方はそれだけが原因なのかエリクディスには疑問であった。一応、弓と杖の扱いに関しては達人然としているので説得力はあった。


■■■


 三人は休憩を終える。四方を照らす火の精霊も飽きて姿を消した。松明を手に先へ進む。鎧は帰りに拾って持って帰る。

 ガイセルが取っ手の無い扉を、まずは押してみる。動かない。

 シャハズが扉と、扉の周りに耳を当てながら拳で叩いて音で探ってみる。とりあえず扉の向こうは空洞と判明する。

「ジイ、魔法」

「そうそう何度も使うもんじゃない。坊、丸太が使えるぞ」

「そうか!」

 力仕事と分かってガイセルは張り切って四段飛ばしに階段を駆け上がり、五段飛ばしに丸太を壁に何回もぶつけながら抱えて戻ってきた。

「そらいけ力持ち」

「うぉらっ!」

 ガイセルは財宝と食糧と女が向こうに控えた城門を前にした蛮族のように突っ込んで丸太を打ちつける。部屋全体が太鼓のように響く。壁は丸太の丸みに凹んだ。

「どぉりゃ!」

 助走をつけてもう一度ガイセルが丸太を打ちつける。凹みに半分ずれて当たったが、凹んでいたところが崩れて穴が空く。そして風が吹き込んできた。冷たく湿っている。

「空いた!」

「外?」

「冥府の横道かもしれん」

 エリクディスはそう言いつつ、あれもしかして? と思い、穴に手を引っ掛けて右に引く。動かない。

「ジジイ、もう一回」

「待て」

 そして左に押す。重たいが、しかし老齢冒険者の筋力で押せた。扉は開いたのだ。そう、横開きだ。

「ジイ、頭悪い」

「うるさい」

 シャハズを先頭、エリクディスを中間、殿にガイセルを立たせて再び進む。

 このダンジョンは迷宮ではない。横道も、何か物置程度に使われるような部屋も無い。十二体の白骨槍兵と一体の動く全甲冑という侵入者排除の仕組みはあったが全く突破が不可能なものではなかった。通行の証が何か分かれば秘密の解明に繋がるが、鍵穴の形は分かっても差し込む鍵の形が分からないような知識しか知神からエリクディスは授かっていない。動く全甲冑を主体にした情報しか得られていないのだ。

 一本道を進み、また折り返す階段で垂直に降りていく。

 段々と空気が冷たくなり、風は止まない。松明の炎がなびく。

「川の音がする」

「やはりか」

「何だよジジイ?」

「冥府の横道だ」

「そりゃ遥か遠国なんだろ」

「そうだ。その奈落の底にある冥府には、世界中から地下を流れる川が繋がっていると言われている」

 階段を降り終わる。

「川」

 音で全容を把握しようとするようにシャハズの耳が動いた。

 松明では照らしきれない程の広い部屋というよりは、地下の大河の川縁。足場は石畳で整備されており、岸側に一段凹んでいる。船着場だろう。

 船着場には純銀に見える大きな壷があり、覗けば輝いている。壷一杯の何千枚あると知れない商神銀貨だ。銀貨だけではなく金貨も、銀にしては輝きが異なるのはミスリル貨、銅にしては赤過ぎるのはアダマンタイト貨、鈍い黄色はオリハルコン貨、光を吸い込むような深い黒はマナ貨、透明がかって薄くオパールのように虹に発光して見えるのはエーテル貨である。

「ふお!?」

 熟練冒険者とはいえエリクディスも人間、見たこともないとてつもない財宝を前に奇声をあげる。

 シャハズも覗き、あまり現金に慣れていないようで価値に驚かず首を捻るだけ。

 次に見た瞬間手を突っ込もうとするガイセルを、エリクディスは正気を取り戻して手首を掴んで止めた。

「呪われるぞ!」

「おっと! マジかよ」

 エリクディスは冷や汗どころか小便も漏らしそうになっていた。年寄りは便所が近いどころの話ではない。

 ガイセルも単純だがそこまで馬鹿ではないので手を直ぐに引っ込めた。

 シャハズはそんなに凄いのこれ? と眺めている。

「ジイ、呪われてるならもうこれでお終い?」

「うむ。冥府に繋がっているとは思うがこの大河を進む船も無いし、道も分からん」

「ジジイ、あの知神にまた祈れば分かるだろ。船なら俺作れるぞ」

「冥府の秘密を教えろだなんて、どれだけ対価を求められるか分かったもんじゃない。それにこの川、落ちたらどうなるか、どころかこの水に触ったらどうなるかすら分からんのだぞ。ダメだ」

「少しは考えろ」

「そうだな」

 三人がそのように喋っている内に、ギィと軋む音が鳴る。木が軋む音だ。

 岸壁側に一段凹んだところに船が着いていて、係留索も無いのに停まっている。そしてその船から気配と足音も無く、袋を担いだ木乃伊のような巨人が手に持っていた巨大な櫂を下ろしてから上陸した。

 巨人が迫る。身の丈、大柄なガイセルの半倍程。

 ガイセルが剣を構えようとするのでエリクディスは手で止めろと抑える。

 巨人は袋に壷の中身を引っ繰り返して詰める。滝のような硬貨の流れる音は、本来なら下卑に心地良い音だ。

 敵意は感じられない。むしろ人間とエルフなど虫くらいに関心が無いように感じられた。だがしかし、巨人は壷の中身を回収するとその大きな手の平をエリクディスの目の前に伸ばした。

「未払いの埋葬金、商神銀貨八二八枚を出せ」

 エリクディスが芯まで冷え切った頭でざっと回想するに、今まで埋葬してきた冒険者だとか行き倒れの人数を倍にするとそのような数字になる。

「ジイ、持ってる?」

 八二八枚もの商神銀貨、財産として持っていても携帯する量ではない。

「ジジイ、大丈夫かよ」

 エリクディスは全く大丈夫じゃなかったが、しかし熟練の冒険者であり知識は豊富であった。

「そ、そそちらは死神の使徒と見受けたが、相違無いか?」

「死神の使徒、川の渡し守だ」

「その支払いには異議がある。法神に正当であるか尋ねたい。よろしいか?」

「問題はない」

 エリクディスは口の中が乾き切っていた。あの飲んだらどうなるか分からない川の水を飲みたいぐらいであった。察したシャハズが水筒をくれたので水を飲む。

 跪いて絹の手巾を敷いて祭壇を作り、本案件に関わる物、懐から商神銀貨を取り出してそこに置く。そして手を合わせ、瞑目して唱える。

「裁場と刑場、正義を司る法神よ。埋葬金の支払い商神銀貨八二八枚が正当であるか、そして違うのであれば正しい支払い額と方法は何なのかご教示下さい。この老いた魔法使いエリクディスが裁定を願います」

 手巾より、白い女と思われる腕が伸びる。手には天秤があり、置いた商神銀貨が片方の、黒い皿に乗って傾いている。

 これで死神に呪われるかどうか決まる。呪われれば骨の奴隷として永久に使役されるとも、転生を許されずに永久に地獄に囚われるとも言われる。死神の呪い人達の口が生ける者達に向けられることはないが、言われていることが事実無根であると楽観視出来る程にエリクディスの知識は浅くない。

 エリクディスは体を震わせて手を合わせて祈る。裁定にも値しない案件とされた場合は裁きの雷を受けて灰になるまで焼き尽くされる。その覚悟で祭壇を築いたのだ。

 巨人は袋から一枚の商神銀貨を摘み上げ、天秤の白い皿に乗せる。すると天秤が揺れる。左右に揺れる。ただの天秤であるわけはないが、不自然に何度も揺れてピタリと止まる。

 エリクディスは恐る恐る目を開き、力が抜けて遂に小便が漏れた。手から落ちそうになった松明をガイセルが取って持つ

 黒い皿が持ち上がっている。ただし完全ではなく、天秤の傾き度合いが示すところは四分の一である。

「これどっち?」

 素人目のシャハズには良いのか悪いのか判別はつかなかった。

 天秤の丁度竿の繋ぎ目のところの目が開く。

「おわ!?」

 ガイセルは驚いた。

「裁定。老魔法使いエリクディスの善行に鑑み、商神銀貨二○七枚の支払いを持って妥当とします。また今回は支払い準備の予告も無く回収に至ったので支払猶予を九○日設けます。また商神銀貨に限らず物納も認めます」

 といって目は閉じ、腕は手巾に落ちるように消えて行った。

 エリクディスは放心状態であり、そして小便臭い。シャハズは顔をしかめながらその懐を漁り、その所持金を床に並べる。

 人差し指で並べたのは商神金貨五枚、銀貨二枚、銅貨六枚。人造銀貨二枚。

「足りる?」

 膝を抱えて屈んだ渡し守は指差し確認をしてから言う。

「足りない」

 シャハズは道具袋も漁るが、よく分からない道具とか薬品ばっかり。指には宝石がついた指輪があるので外す。四つだ。

「足りる?」

「足りるがそれらは貴重な魔法の品だ。代わりがあれば代わりを出したほうが良いぞ」

「うん」

 渡し守は意外に親切だった。要領を得ないガイセルは鼻を穿り、松明を掲げて光源の維持に努める。

 シャハズは服の下から自分の首飾りを出して外す。成人の日に親から貰ったミスリル細工の品だ。特別な物だが魔法の品ではない。困ったことがあれば売って良いと聞かされていた。

「足りる?」

「多い」

 渡し守りはエリクディスの硬貨を不要だと手で軽く払い退けて見せてから、袋からミスリル貨を四枚返された。シャハズの優れた手先で量るに、首飾りより重たい。

「間違ってない?」

「装飾品は加工が優れている分値段が上がる」

「うん」

「待っていろ」

 渡し守が船に戻る。シャハズは金をエリクディスの懐に戻す。目は開き呼吸はしているがまだ放心しており、臭い立つ。

 渡し守が袋を置き、そして骨の杖を持ってやってきた。太めで長い。何の生き物の骨かシャハズには判別がつかなかった。

「死者を操る杖だ。操った後はその死者を手厚く埋葬するように」

 手厚くとは死者一人に対して商神銀貨二枚を捧げるという意味である。

「いいの?」

「理解正しい者ならば正しく使う。またこちらも銀貨が手に入る。不都合は何も無い」

「分かった。神様もお金がいるの?」

「いる」

 渡し守は船に戻り、櫂で岸壁を突いて船を離す。

「ねえ! この川の水使っていいの?」

「飲める」

「ばいばーい」

 シャハズは手を振って流れに消えて行く渡し守を見送り、エリクディスの魔法使いらしいとんがり帽子を手に持ち、川の水を汲んで浴びせ掛ける。

「ひょおわ!?」

 エリクディスが跳び上がった。

「ジジイ、起きたか」

「ジイ、帰るよ。後で魔法教えろ」

「えらい目に遭った。今日はあの依頼主共に奢らせよう」


■■■


・死神

 冥府と地獄、魂を司る男神。

 冥府にて魂の輪廻を行い、地獄にて魂の束縛を行う。

 怒りに触れれば白骨奴隷となり、世の終わりまで苦役を科せられる呪いを受ける。

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