第110話 祖母と孫
「今夜は月が綺麗ですね」
冷酒の入った涼し気なグラスで上品にお酒を飲む祖母。そういえば、祖母がお酒を飲む姿は初めて見たかもしれない。
「早いものですね。あの小さかった暁斗が中学生とは」
「そうかな?」
「ええ、他の子の成長も早いですが、女の子はあっという間に大人になってしまいますから」
確かにね。俺達男が馬鹿やってる間に女の子はあっという間に大人びていくものだ。無邪気な琥珀だって、少しおませさんなところがあったくらいだからね。そこがまた可愛いけど。
「知ってましたか?あなたに本当は姉か兄がいたことを」
「……流産したんでしょ?」
これを聞いたのは、前の時のこと。だから今現在本来は俺が知りえないことだが、特に隠すことはしなかった。
「そうです。本当に悲しいことでした。だから、貴方が無事に生まれてきて、私達も紗希達も本当に嬉しかったんですよ」
「そうなんだ」
「だから、私は貴方には幸せになって欲しいんです」
ふと、見れば祖母はいつもよりも優しい表情をしていた。
「暁斗、琥珀さんのことは好きですか?」
聞くまでもないこと。でも、あまりにも祖母の言葉が柔らかくて俺は真剣に答えていた。
「好きだよ。愛してる。だからこそ、絶対に守りたいんだ」
「ええ、見てれば分かります。でも、だからこそ、貴方は守られる側の気持ちも知らねばなりません」
「……分かってるよ」
「……昔、ある一人の女が、たった一人の男のために時を遡ったことがありました。悲惨な運命から救いたくて、失いたくなくて必死になりました。でも、だからその時は気づかなかったのです。守られる側の気持ちを」
思わず驚いてしまった。まさか祖母は……
「過去を戻れても、本当にやり直せたかは分かりません。一度自身の前から失われればその後悔は永遠に消えません。でも、何もかもを一人で背負う必要はないんです。貴方が守りたいと思うように、彼女もまた貴方を守りたいのですから」
そう言ってからお酒を飲むとホッと一息つく。
「……暁斗、私の可愛い孫。好きな人と幸せになってください。それだけが、私の望みです」
「……うん」
どこまで知ってるのか……なんて野暮なことは聞かない。だって、祖母はきっとやり遂げたのだから。なら、俺はその孫として、愛する人を守りきってみせる。
後悔は消えない、やり直せてるのかも分からない。でも、目の前に愛しい人がしっかりとそこにいる。だったら、全力で愛して、守らないとね。
その後は、特にそのことには触れずに、琥珀とのことを祖母に話す。祖母は聞き役に徹していたが、どこか嬉しそうだった。そういえば、こんな風に本気で惚気けたのは久しぶりな気がする。最近は自重したり、嫉妬心と独占欲である程度セーブしていたが、祖母ならそんな心配はいらなかった。
なるほど、やっぱり俺は祖母の孫なのだろうと納得するのだった。
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