無限ホテルのフロント従業員

ちびまるフォイ

バック・トゥ・ザ・ホテル

自分の心臓を金庫に預け、無限ホテルのエントランスへ向かった。


「今日からこの無限ホテルで仕事をするものです」


「ああ、話は聞いているよ。さあ、フロントへ」


「僕は何をすればいいんですか」


「なぁに簡単だよ。ここで受付をしてくれればいい。

 部屋が足りなくなったら部屋を増やしてお客様を案内するんだ」


先輩従業員がボタンを押すと、ホテルの部屋数がまた増えた。

ここは無限ホテル。その気になればいくつだって部屋数が増やせる。


「なにか質問は?」


「今、この無限ホテルの部屋数ってどれくらいあるんですか?」


「さあ。俺もわからないし、誰にもわからないんじゃない」


「もうひとついいですか」

「もちろん」


「なんでこのホテルに入る前に心臓を預けたんですか」


「あ、それ説明してなかったな」


先輩はしまったと手をついた。


「たまに、この無限ホテルでめっちゃ危険な人が出てくるんだ。

 どういうわけかホテルマンを殺す気で襲ってくる」


「え゛っ……先輩、なにかしでかしたんですか」


「するもんか。普通に部屋へ案内しているだけだ」


「本当ですか……?」


「とにかく、そんな客に刺されたとしても

 心臓を別の場所にあずけておけば安全だろう? いわば命綱さ」


「はぁ……」


「心臓を預けた金庫はあとで用務員さんが開けてくれる。

 それまで、サボって無限ホテルを出るんじゃないぞ」


「わかってますよ」


シフトの終わった先輩は去っていった。

ひとりぼっちでフロントにいると、宿泊客がやってきた。


「予約無いんだけど、今日泊まれる?」


「えーっと、そうですね、空いている部屋は……」


見ると、無限ホテルなのに今ある部屋はどこも満室だった。


「ちょっと、もしかして部屋ないの? 無限ホテルでしょ?」


「も、もちろん!」


無限ホテルの部屋数を増やして、新設した空き部屋へと案内した。

最初こそ手間取ったが慣れてしまえば難しいことはない。


「空いている部屋ありますか?」

「はい」


「空いている部屋は……」

「人数分ございますよ」


「空きは……」

「ありますとも!!」


訪れる客を拒むことなく無限ホテルの空き部屋へと案内する。

足りなくなったらまた増やせばいい。

宿泊客が増えれば無限ホテルの売上もアップする。


しばらくすると最初に案内した客が怒りながら戻ってきた。


「ちょっと、どういうつもり!?」


「どういうつもり……とは?」


「案内された部屋、ぜんぜん掃除が行き届いてないじゃない!

 それにビュッフェはすっからかん。客をなめてんの!?」


「そんなつもりは……」


「もういい! 無限ホテルなんて最悪よ!!」


「お、お客様ーー!」


客はぷりぷり怒りながら返金されたお金をひっつかんで帰っていった。


「部屋を増やし過ぎたら、サービスが行き届かないのか。考えてなかった……」


どうして無限ホテルがその都度、部屋を増やす方式なのか。

それは増やしすぎてもサービスを提供できなくなるからだった。

部屋数は無限でも従業員は有限なのだから。


広げすぎた無限ホテルの部屋に宿泊された客がこれからますます戻ってくるに違いない。


「うう……どうしよう。返金したらせっかくの売上はゼロだ。

 なんとか黙って泊まってくれないかな……」


どうにかできないかと悩んでいたとき、先輩の言葉を思い出した。

先輩ですらこの無限ホテルの今の部屋数はわかっていない。

隠れるにはもってこいの場所ということ。


「ようし、いいこと思いついた」


ホテルのフロントには『お部屋はご自由にどうぞ』と看板を置いた。

無限ホテルの部屋数をめちゃくちゃに増やしまくって、そのうち1部屋に身をひそめる。

自分さえ見つからなければ返金されることはない。


そしてやってくる宿泊客は看板の案内を見てお金を払い宿泊する。

まるでアリジゴクのように金だけを回収することができる。


縦にも横にも広げた無限ホテルはさながら迷宮で、

長過ぎる廊下に迷い込んでしまえば戻ってこれない。


空の部屋に鍵をかけてベッドに寝転んだ。


「最初からこうすればよかったな。寝ながら集金できるなんて最高だ」


暗くなるまで眠っていると、ポケットに入っている呼び出しベルで目が覚めた。

フロントから従業員を呼びつけるものだった。


「しまった。この電源切るのを忘れてた」


返金じゃなかろうかと震えながら遠隔で応答する。


『はいこちら無限ホテルです』


「フロントの方ですか?」


声からして先輩ではない。

となると、これから宿泊する客か、返金希望の客か。

いずれにせよろくなことがないと思い話を切ることに。


『部屋は空いています! 従業員は中にいます!

 とにかくお金をおいてホテルに入ってください!!』


それだけ伝えて電源を切った。

これでもう遠隔応答でホテルマンを呼びつけることもできない。


「やれやれ。危なかった……」


シフト終了の時間になっていたのでベッドから体を起こす。


「さて……と、そろそろフロントに戻らなくちゃ……あれ?」


部屋を一歩出ると無限に長い廊下と代わり映えしない風景が待っていた。

無限ホテルは勝手に拡張されるので地図なんて役に立たない。


「やばい……帰り道がわからないぞ……」


やみくもに歩いてみてもフロントへの道がわからない。

誰かに道を聞こうかと探していると、向こうから人が走ってくる。


「ちょうどよかった。あの、すみませーーん」


男がみるみる近づいてくると、その手に刃物が握られているのがわかった。


「てめぇぇぇ!! ぶっ殺してやるーー!!」


「ええええ!? なんで!?」


「よくもこんなホテルに閉じ込めやがったなーー!!」


「閉じ込めてません! 閉じ込めてませんって!!」


宿泊客と思しき人間はもう何十年もさまよっていたかのような

ボロボロの衣服とぼさぼさの髪の毛をしていた。


「一緒に出口を探しましょうよ! 包丁を置いてください!」


「うるせぇぇぇ!! ぶっ殺してやるーー!!」

「うわぁぁあーー!!」


男をふりきり空き部屋に入って鍵をしめた。


先輩の言っていたのは無限ホテルから出られなくなって

怒りのあまりホテルマンを襲いにくるというものだったのか。


自分自身もこのまま迷い続けていたら正気を保っていられる自信がない。


「こうなったら……!」


ホテルの壁めがけて備え付けのテレビをぶん投げた。

壁にヒビが入り、テレビには黒い煙があがる。

おかまいなしに何度も投げつけてホテルの壁を壊した。


どうせ部屋なんて無限に増やせる。ひとつやふたつ破壊しても問題ない。


壁に穴が開くとそこから身を乗り出してあたりを探った。

ちょうど出っ張っているフロントが見えた。


「あった!」


外壁をつたって外に出て、外からフロントへと向かった。

自動ドアをくぐるとフロントには次のシフトの先輩が待っていた。


「お前、持ち場離れてどこへ行ってたんだ」


「いろいろとありまして……」


「まあいいけど。シフト交代だ。お疲れ様」


「ありがとうございます。ああ、やっと解放された……!」


これまでの苦労が走馬灯のように流れる。

感動の波に身を任せていると「あっ」と先輩が付け加えた。


「そういえばひとついい忘れてた」


「なんですか先輩?」


「お前、シフト交代のとき用務員さんがフロントに来なかったか?」


「なんでそう思うんですか……?」


さぼっていたなんて口が裂けても言えない。

冷や汗だけが流れる。


「お前シフトはじまるまえに心臓あずけただろ。

 シフト終わりに用務員さんが鍵を持ってくるんだよ。

 それとも、もう鍵をもらったのか?」


「へ……?」


自分のシフトが終わる時間帯に何をしていたのか思い出した。

それはちょうど、フロントから自分に遠隔連絡がきた頃だった。


とっさになんて答えたのかを思い出して青ざめた。


「お前、さっきから客室ばっかり見ているがどうした?」





「俺……よ、用務員さんを無限ホテルに入れちゃいました……」

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