第4話 Fの1の世界における博士の反応

 深夜アメリカから一本の電話が届いた。とはいえ先日から取材依頼で電話は鳴りっ放しだ。博士が妻から電話を代わる気になったのはマンハッタンの研究所からきたものだったからに他ならない。予想通りの用件だ。

「あれは問題ですらない」博士はそう主張した。

 だが事態は博士が想定していたものよりもずっと複雑になっているらしかった。なるほどこちらに問題は無くともあちらに問題があるということか。なかなか興味深い。

「なるべく早く東京を発ってニューヨークに行きたいのだがね。どうだろう」博士は隣で息を殺していた妻に訊ねた。

「はい」と妻の快活な声がした。

 念のため足元で横になるレトリーバーにも聴いてみようと博士はその柔らかな背中をさすってみた。大型犬がくんと小さく唸った。

 博士の妻は予感した。このアメリカ行きが旅行や長期滞在の類ではなくなることを。きっと夫はこのままアメリカで暮らすと言い出すだろう。そうに違いない。彼女の脳がフル回転を始める。まずは荷物をまとめて。服装はどうしようかしら。寒いの? 暑いの? スウェーデンとかアメリカとかなんだか忙しくなってきたわね。頭の中であれやこれやと段取りしているうちになぜだか彼女の脳裏に最近越して来た六一七四号室の住人の顔が浮かんできた。ほんの少しの間 四号室さんと今の電話とを関連付ける戯れが彼女を支配したが すぐに雑念を吹き飛ばして彼女はやるべきことに集中した。

 電話を切った夫が天井に向かって言った。「すぐに荷物をまとめなければ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る