洪水はわがノスタルジーに及び

ジュン

第1話

彼女は言った。

「今まで大変だったわね……」

「ああ」

「心療内科に通院したり。カウンセリングを受けたり」

「そうだね。統合失調症と診断されて、紆余曲折あって、今に至る」

「発症したのが15歳だから25年経つのね」

「来年40歳だからね」

「25年間、振り返ってみて、どう思う?」

「そうだなあ。おもしろかったな(笑)」

「おもしろかったの(笑)?」

「いろんな人との出会いがあって。別れもあって。いろんな経験をしたよ。楽しいこと、苦しいこと、うれしいこと、悲しいこと、おかしいこと……」

「あのね、生まれてから40歳まで、つまり過去を象徴する本があったら教えて!」

「そうだなあ。僕にとっては、『(新版)才能ある子のドラマ』(アリス・ミラー、新曜社)と『すべての罪悪感は無用です』(斎藤 学、扶桑社)の2冊かな」

「なるほど。じゃあ、40歳から70歳までの30年間、つまり現在を象徴しそうな本は?」

「そうだなあ。書籍じゃないけど、『家計簿』かな(笑)」

「ははは。そうなんだ。じゃあ、70歳から上、つまり未来を象徴してくれそうな本は?」

「そうねえ。『新 老年学(第3版)』(東京大学出版会)かな」

「なるほど!」

「人生ってさ、①S(スタート)の問題②P(ポリティクス政治)の問題③E(エコノミクス経済)の問題④L(ラスト)の問題、の4つ(SPEL)にまとまると思う」

「なるほど……」

「Sの問題は、25年間かけて回復した。アダルト・チルドレン(AC)のことだけど」

彼は続けて言う。

「PとEの問題は、見通しがたった」

彼は続けて言う。

「Lの問題は、かなり先だね。どうなるかわからなくて、今から興味があるよ(笑)」

彼女は言った。

「よく、ここまで回復したわね……。奇跡的なことじゃないかしら……」

「心療内科医の言うこと、カウンセラーとのやり取り、お薬の力、その他諸々の支援者の助力。それも、もちろん大きいんだけど、一番エンパワーメントしてくれたのは、人生経験、てか、『経験値』全体の力だ」

「『経験値』……。家族と義絶になって、結婚して離婚して大学中退して働いて、ブラック企業なるものも経験して。恋愛もして。今は障害年金と生活保護の生活。もっと言えば、舞台役者やったり、翻訳の学校行ったり、法律関係の学校行ったり。他にもいろいろ……」

「まとまらない人生のようだ、一見すると。でもね、過去から現在までを通して、一貫した目で見ると、きちんと成り立ってるんだよな。不思議だけど」

「そうね」

「『人生をまとめる言葉』とか『箴言』なんて、僕は知らない。知ってる言葉と言えば、『自分にしか意味のない言葉』。それだけ」


終わり

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洪水はわがノスタルジーに及び ジュン @mizukubo

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