2002/08/09-08/15
8月9日(金) 天気 はれのちくもり 気温 34℃
小島家の病気は大抵夜子が拾ってくる。
公園の砂場で小さな子と遊んだりして風邪をうつされて帰ってくるんだ。
そしてそれが夜子と遊んでるうちにわたしにうつる。
わたしが高熱を出し始める頃にはすっかり治って抗体のできた夜子が外に遊びに行ったりするんだ。
今日はパパが学校を休んでわたしの看病をしてくれた。
いつもならこのあと、そう、明日あたりパパが熱を出してわたしが看病するんだ。
小島家にはママはいない。
8月10日(土) 天気雨 気温31℃
ロリ服を着てるときの夜子はすごくしあわせそうな顔をしてる。
夜子はすぐにお洋服を汚すので、たまに全部クリーニングで出払ってしまってるときなんかは、夜子はわたしの服を着ることになるんだけど、すごく不機嫌そうな顔をするんだ。
今日がそんな日。
夜子を連れて、昨日パパにもらったおこづかいで、オーバーオールを二着買った。
一着はわたしの分、もう一着はもちろん夜子の分。
夜子がゴーグルも欲しがったので、買ってあげたけど。よく似合っててわたしも買えばよかったってちょっとだけ後悔してるんだ。
8月11日(日) 天気くもりのちはれ 気温32℃
ときどき思うんだ。
夜子は、モノクローンはわたしたちオリジンを恨んでるんじゃないかって。憎んでるんじゃないかって。
わたしたちさえいなければうまれてくることもなかったし、うまれてきてしまえば、わたしたちがいるかぎり被差別者だもん。人間とさえみとめてもらえない。ペットか家畜か、それくらいの扱いなんだ。
わたしもわたしのパパも家族だと思ってるけど、表沙汰にならないだけでモノクローンの虐待が多いの知ってる。
モノクローンはただ泣くだけ。誰かにいいつけたりはできない。
だからいくら虐待したって殺しちゃったってちょこっとお金を出したらもみけしてもらえるって聞いたことがある。
いつか復讐されるよ、わたしたち。
ときどき夜子こわい目をするんだ。こわい目でわたしを見てる。
8月12日(月) 天気はれのちくもり 気温31℃
芹菓は明日から別荘らしいんだ。
パパとママは3日前にもう別荘に向かっていて、芹菓とカヨちゃんとあとお兄ちゃんの3人だけ。
芹菓のお兄ちゃんはかっこいい。芹菓もかわいい。ふたりはあまり似てないからはじめて芹菓からお兄ちゃんを紹介されたときはかっこいい彼氏がいていいなって思った。そのときは確かカヨちゃんが少しうしろにいたんだっけ。芹菓のうしろにかくれたり、お兄ちゃんのうしろに隠れたりしてたんだ。かわいかったな。
いつもすごく仲がよくて、手だってつないでたりするのに(フレンチキスくらいならいくらでもしてる)でも今日は違った。
お兄ちゃんは不機嫌そうに部屋にとじこもってたし、芹菓は泣き腫らした顔をしてた。カヨちゃんは困ったようなでも笑ってるような、そんな顔をしてた。薄着のカヨちゃんの露出した肌にはいくつも青痣があった。
こういうとき、わたしは麻衣よりも鋭い。何かあったんだ。
何か、というのは、芹菓がカヨちゃんをお兄ちゃんに抱かせたんだと思う。カヨちゃんの体の傷はきっとあれがSMってやつなんだ。芹菓も薄着だけれど、傷は見つからない。芹菓とお兄ちゃんはまだしてないんだと思う。
わたしたちは3人はとても気まずい雰囲気で半日を過ごした。
もう1組の同じ顔をした3人はやっと打ち解けたみたいでたのしそうにしてる。
わたしたちのなかで麻衣がリーダーなのと同じで、夜子たちのなかではイリコちゃんがリーダー核だ。
イリコちゃんはしらないけれど、麻衣がしきり屋っていう意味じゃないよ。あたまがいいから頼られる、必然的なんだ。たぶんイリコちゃんもそう。夜子とカヨちゃんのイリコちゃんを見る目は羨望、なのかもしれない。わたしが麻衣に抱いてるのと同じ感情。
わたしたちの気もしらないで女子高生みたいに笑ってる。
モノクローンっていいなぁ。
8月13日(火) 天気くもりのちはれ 気温32℃
今年もキンジ先生は靖国参拝の件でもめてる。
キンジ先生、今は内閣総理大臣なんかやって両手に持った株で親父ギャグ言ってたたかれたりしてるけど、わたしと夜子はちっちゃい頃何度も遊んでもらったことがあるんだ。変わり者だって言われてた前の首相よりはずっといい。長くもってるしね。いろいろたたかれてるわりには。
キンジ先生が国会議員になる前かな、たぶんおじいちゃんの秘書をしてたころだと思う。
ひまさえあれば遊んでくれたっけ。友達だよ、わたしと夜子とキンジ先生は。
毎年バースデーには花束とカードをくれる。
わたしと夜子もキンジ先生のバースデイには毎年贈ってるんだ。国会中継でキンジ先生の締めてるネクタイのほとんどがわたしたちが選んだもの。
今日反対を押し切って強行した靖国参拝でも3ヶ月前の誕生日に夜子が選んだネクタイをしてくれてた。
夜子のうれしそうな顔ったらなかったな。
夜子はキンジ先生が大好きなんだ。パパと同じくらい。
わたしは先生が一番だよ?ナンチテ
8月14日(水) 天気はれのちくもり 気温31℃
「ママをさがしにいく」
夜子がそう言ってきかない。
夜子がどうして突然そんなことを言い始めたのかわからないけど、わたしたちは突然に、ママをさがしにいくことになった。あてもなく。
丸一日電車に乗って、わたしたちのことを誰も知らない街に行けたら、夜子もわたしもきっと満足して帰ってこれると思ったんだ。長い夏休みの一日をそんなふうにすごすのも悪くないんじゃないかなぁ?
これ使って、と差し出された夜子名義の通帳の預金額に納得はいかなかったけれど(60万はあった。わたしのよりひとつ0が多い)、駅に向かう途中で桃太郎の猿か犬かきじみたいにくっついてきたワタルと三人で電車に乗った。
ワタルはジオン軍のキャップを目深にかぶって、エルメスとビットの少し大きめのTシャツを着ていた。ガンダムはいっしょに観たことがあるから、わたしも夜子も少しだけわかる。
夜子はいつもと同じロリ服を着て、わたしは黒のワンピース。ピンクのやつの方が好みだな、ほら、サリーちゃんみたいなやつだよ、もってただろ?ワタルが小学生の頃着てた服の話を当たり前のようにもちだすのがおかしかった。
各駅停の列車が奈良に着く頃、大仏を見てくると言ってワタルが降りたんだ。ゲームボーイアドバンスとドラゴンボールのソフトしか持っていないワタルに朝駅前のATMでおろした聖徳太子を何枚か手渡した。今度返すよ、とワタルは笑ったけれどたぶん聖徳太子はわたしのもとには帰らない。
わたしは案外貢ぐタイプの女なのかもしれないね。
ワタルが夜子だけにおわかれのキスをしたから、わたしは嫉妬をおさえきれずにそれからずっとふてくされてた。夜子に話しかけられても無視しちゃった。
悪い子だ、雪は。
三重と愛知の県境を越えたところで夜子が泣きはじめたから、弥富という駅でおりかえしたんだ。構内で見かけた金魚のマスコットがきもちわるかった。
夜遅く帰ったわたしをパパはしかって、夜子だけをぎゅっと抱きしめて、おかえり、と笑った。
8月15日(木) 天気あめのちくもり 気温32℃
お盆は毎年、名古屋のパパの実家ですごすんだ。
パパがわたしたちを特にかわいがるようになったのは、ママが出ていってしまってからで、それはおじいちゃんやおばあちゃんからわたしたちをまもるため。
ママは本当にどうしようもないひとだったみたいだから、どっちかっていえばパパよりもママに似た顔をしてるわたしたちをおじいちゃんもおばあちゃんもよくは思ってないらしかった。
それに、いくら天皇陛下がお許しになったことでも、わたしはともかく夜子のような存在は、旧世紀の遺物みたいなふたりには理解できないみたいなんだ。
おじいちゃんもおばあちゃんも年々悪くなる体がずいぶんふたりをまるくしてしまったから、もうちっちゃいころみたいに嫌悪をむきだしにはしないけど、でも今でもわたしたちのことが好きじゃないことは十二分に伝わってくる。
夜子は今日が名古屋の家に行くんだってわかってからずっと泣きっぱなしで、車が高速を降りるころには疲れて寝てしまった。車のシートを倒してあげた。浴衣がよく似合ってた。
今日は先生の誕生日だね。
おめでとう、先生。
雪の全部を先生にあげたい。
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