2002/08/02-08/08
8月2日(金) 天気 晴れのち雨 気温 34℃
駅前のロータリーでドラマーらしい男の子が、彼女らしい女の子と彼女のモノクローンの頭をスティックで叩いてた。
コツコツコツコツ、コツコツコツコツ
女の子は泣きながら叩かれるたびに悲鳴をあげた。
モノクローンは楽しそうだ。
そのうち男の子が警官に取り押さえられると、今度は残された女の子がモノクローンの頭を叩く。
モノクローンは楽しそうだ。
コツコツコツコツ、コツコツコツコツ
絵本から顔をあげた夜子がうらやましそうな顔で見ている。
「してほしいの?」
と聞くと、うんと言ってうなづいて笑うので、頭をはたいた。
「やこはあのぼうでたたいてほしいの」
泣いてしまった。
女の子にスティックを借りようと声をかけたけれど、彼女の目は血走っていて右手はもう腱鞘炎になったらしくだらりとのびていて、モノクローンの頭は陥没していた。
女の子もすぐにまた別の警官に捕らえられてしまった。
モノクローンは楽しそうだ。
8月3日(土) 天気 晴れ 気温 34℃
夜子の胸の皮膚はキョンシーで見た焼印のようにひきつっているんだ。
他のモノクローンもきっと同じだと思う。夜子の皮膚が特別弱いわけじゃなくて。
CH-39592021
CHはクローン略。ハイフンのあとの8桁の数字は携帯電話の番号と同じつけられかたをしているって聞いたことがある。人工脳は電波を受信していて、無線機みたい携帯電話や盗聴器を傍受できる。機械に強い犯罪予備軍の男の子たちは、どれだけ自分のモノクローンの人工脳に精通しているかをネットで競い合っている。わたしには関係のないことだけど。
夜子は指でその文字をなぞったり、なぞられたりするのが好きなんだ。
猫のようにごろごろと音を立てる。
絶対作ってるとわたしは思うんだけど。狙いすぎ。
8月4日(日) 天気 晴れのちくもり 気温 33℃
デパートメントストアやスーパーマーケットはもちろん、コンビニエンスストアにも必ずモノクローン食品という一角が存在している。
モノクローンフードがこの一角には売られている。
夜子が好んで飲んでいる2時間キープスーパーチャージもどきから、袋詰めのドッグフードやキャットフードのようなもの、それにペディグリーチャムのような高級食品。種類はさまざまだ。芹菓のモノクローンのカヨちゃんはもちろんぺティグリーチャムもどきだ。お金持ちは違う。
こないだ麻衣と芹菓、イリコちゃんとカヨちゃん、それからわたしと夜子の6人で遊んだとき、麻衣とふたりでペディグリーチャムもどきを試食した。おいしい。ふたりで一缶をあっという間に食べてしまった。芹菓はすごく驚いた顔をしてたっけ。帰り道ふたりでスーパーでお金を出しあってもうひとつ買って公園で食べた。
パパや先生はお酒のおつまみにするのもいいかもしれないね。
パパにこの宿題と、ペディグリーチャムがおいしかったことを話したら今日は1日食卓がモノクローンフード一食になっちゃったんだ。お昼と夜。
お昼はどれも生で食べた。夜は雑誌を見ながら夜子とパパと3人でモノクローン料理を作って食べた。
たまごでとじても、だいこんおろしをのせてもおいしい。
おなかいっぱい食べたあとで、原材料を見てわたしとパパはトイレに駆け込んだ。
マクドナルドのハンバーガーを思い出したよ。
8月5日(月) 天気 晴れ 気温 34℃
夜子はお箸を使うのがずいぶんじょうずになった。
「ねぇねぇ雪ちゃん見て」
お風呂上りの夜子が湯冷めしてかたくなった乳首をお箸でつまんでひっぱっていた。
「オッパオオッパオ」
「シャチョサンシャチョサン」
「カワイイコイッパイソロテルアルヨ」
どこで覚えてくるんだろう。
わたしもどこでそんなことば覚えてきたのかな。
8月6日(火) 天気 晴れ 気温 34℃
おさななじみのワタルが造詣をはじめたのは中学のときだ。
今日、ワタルは夜子のフィギュアを作ったから、と言ってわたしと夜子を彼の部屋に呼んだ。
お昼を食べたらすぐ来いと言われたのでその通りに夜子も連れて行ったけれど、四万円の値がついたワタルのガンダムのプラモデルだとか、美少女フィギュアだとかをひとつひとつわたしたちに見せて解説するので、夜子のフィギュアが出てきたのは夕ご飯をよばれたあとだった。
14.5歳の頃の夜子だって。わたしたちがよく遊んだのは中学の頃までだから。別々の高校に進学してからめったに会わなくなってしまった。ワタルとわたしは学校で一度噂になったころがあって、その頃に告白されたからひょっとしてこのフィギュア、夜子じゃなくてわたしなのかもしれない。
よくできてる。メイド服を着せられていた。ワタルの趣味なんだと思う。体操着とブルマ、あとはスクール水着と着せ替えができる。夏服のセーラーもあったっけ。
関節が動くことを自慢していた。裸にして、いやらしいポーズをさせて、夜子にエッチと何度も呼ばれてた。
ワタルは変わらない。照れた顔がかわいかった。
今度のコミケで売るんだって。わたしは、誰もわたしや夜子のことなんて知らないから平気。
何箱かもらったから(モデル料)今度ひとつ先生にあげるよ。
8月7日(水) 天気 晴れ 気温 32℃
韓国の映画を夜子とパパと3人で見た。
血のつながらない兄と妹がどうにかこうにかにっちもさっちもいかなくなりながら結ばれるっていうありがちな恋愛映画。血のつながらない妹をいじめていた顔を性格もおせじにもいいとはいえない女の子が実の妹で、わたしはちょっとわらってしまった。
でもこれはパパのおすすめ。ヒロインの女の子がママに似てるんだって。
パパとママは中学の先輩と後輩。中学を卒業した後、パパが18歳、ママが16歳になるのを待って結婚したんだ。
できちゃった結婚てやつで、わたしたちはママが14歳のときに生んだこどもだ。だからわたしたちはふたり小さなドレスを着てパパとママの結婚を祝った。
お兄ちゃん役の男の子はパパにはちっとも似ていない。
お母さんはわたしたちが5歳のときにどこかへ出かけて帰ってこなかった。
そのときも今日も夜子は泣いたけど、泣き顔はちっとも変わってない。
8月8日(木) 天気 くもり 気温 36℃
今日も夜子はいたずら。
サインペンでわたしが一生懸命解いた現国の問題集にラクガキをしたんだ。
夜子は悪いことをしてもあやまることができない。
きつくしかったらいじけてしまって、逆にわたしが夜子をなぐさめるために何度もあやまることになった。
問題集のラクガキのことわたし泣きながら先生に電話したよね。先生が話しておいてくれるって言ってくれてわたしうれしかったな。
やさしいね、先生。
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