特別編 ルイスキャロルの恋人
棗、という彼の苗字はこれから語るある事件の後、彼が勝手に漢字をあてかえたもので、戸籍上彼の苗字は「夏目」だ。
彼はひまわりという名前の妹が好きだった。彼が名前をつけてあげたからだ。ただそれだけだ。
彼がはじめて殺した女の子は妹だった。聡明な彼は警察に逮捕される事はなかったが、しかしたとえ逮捕されていたとしても罪状は殺人ではなく自殺幇助であっただろう。
今回はその話をする。
物語は一度、彼が5歳の刻にさかのぼる。昭和53年8月15日。よど号には惜しくも乗せてもらえなかった連合赤軍のメンバーが浅間山荘に篭城し、機動隊と銃撃戦をしたのがまだ記憶に新しい頃の話だ。
母親が分娩室で壮年の医師に狭すぎる膣口をメスで切り広げられ悲鳴をあげているとき、彼は風俗十字病院の中庭で売店で買った舌の肥えた彼にはどうにもおいしくないアイスクリームを食べながら、空想の女の子のお友達とずっと向日葵を見ていたから、母にはじめて妹を抱かせてもらい「その子はあなたのおもちゃなんだから、あなたが好きな名前をつけていいのよ」といわれたとき、ためらわずに「ひまわり」と答えた。
「そう、ひまわりちゃんね」
と母は笑って、彼の頭をなでながら「飽きたら名前変えてもいいからね」と言った。
看護婦が訝しげな顔をして母を見ていたことを彼は覚えている。彼は飽きないよと唇をとがらせた。
「そっか、ひまわりちゃんか……」
まるで少女まんがみたいね。きっとこの子はおとなになれないわね。
うまれたばかりの妹とは母親は同じだが、父親は違っていた。先に書いた浅間山荘の折に機動隊員だった彼の父はこめかみに銃弾を受け殉職していた。彼が生まれる少し前の話だ。だから彼は父親の顔を知らない。
駆け落ち同然で結婚した夫に先立たれ、洗い物ひとつできない彼女が仕方なく実家に帰ると、祖父も祖母も彼女を叱るでもなくただ笑顔で出迎え、それから毎晩政略結婚の話を彼女にもちかけた。
彼女の実家は財閥のお家だった。
地獄のような日々からただ解放されたい一心で、彼女は政略結婚を承諾し、数ヵ月後夏目家に嫁いだ。
そうしてこの日うまれたのが夏目ひまわりだ。
夏目の継父は夏目コーポレーションの社長を若くして務める、だけど十二分に壮年の男で、母に種だけを植え付けるとぽっくりと腹上死していた。
彼が17歳の頃の話。今回はここからが本題だ。
昭和はいつの間にか終わっていた。新しい元号は平成らしい、ということはもちろん高校生の彼も知っていたがぴんとこなかった。ぼくは一生この平成という元号になじめないんだろうなぁと彼は思っていた。
ひまわりは12歳になっていた。小学六年生だが、10歳を過ぎてから夏目コーポレーションが主催するパーティーにも出席し特技のピアノを披露するようになっており、自分で化粧を覚え、おとなの女の色香がした。緑色のランドセルをしょって外国製の車から降り校門をくぐるひまわりを彼は滑稽に感じていた。
ひまわりは胸が大きく形が整っていることや腰のくびれ具合、たるみのないヒップラインが自慢で、胸が大きく開いた服や体の線が強調される服を着たがったが彼はそれを許さなかった。彼はひまわりにメタモルのお洋服を買い与え続けた。ひまわりのすらりと伸びた脚がお洋服とよく似合っていた。
この頃には彼はいつも妹でマスターベーションしていた。
妹で、というのは決して正しくはない表現なので少し訂正する。姿形は妹でも、彼のなかで空想の女の子のお友達の名前がつけられていた。物心ついたときからずっとそばにいてくれる恋人だ。彼女には実体と呼べるものが当然存在しなかったため、ひまわりが大きくなるにつれて次第に彼女とひまわりは一体化してしまっていた。
彼女は日本人には聞き取ることはできても発音できない名前だ。無理矢理日本語で表記するなら、メァイだろう。彼女はマイでもメイでも振り向いてくれるから彼は彼女をメイと呼んだ。
ひまわりの顔をしたメイはいつもメタモルのお洋服のスカートを恥部が見えるか見えないかという高さまでそっとめくり、彼を誘った。
メイは下着を身に着けてはいなかった。いつもそうだ。メイは裸にメタモルのお洋服を着ているだけだった。
「寒くないの?」
と聞くと、頬を赤らめて少し、とこたえた。
興奮した。
しかし、メイがしてくれるのはそこまでだ。
彼が愛撫をすれば喘いでくれたり、もっと彼を求めてくれたりはしたが、メイが手や口を使って彼を愛撫してくれることはなかった。だけどそれで彼は満足していた。
すぐに果てた。
「お兄ちゃん」
ひまわりの声がした。メイの声とは1音か半音、音が違うから彼には聞き分けられる。
「顔洗ってくるね。汚いの飛んできたんだ」
興奮から覚めて顔をあげると、いつものように憤慨したひまわりの顔がそこにあった。白濁色の彼の精液がひまわりの瞑った左目の睫の上にたまってあふれ、涙のように頬を濡らしていた。あごの先からぽたっぽたっと彼のお気に入りのメタモルのお洋服に垂れていた。
クリーニングでよごれちゃんと落ちるかな、と思った。
彼は毎晩マスターベーションをひまわりに見てもらっていた。
「こゆことするときもちいいの?」「変態」「エッチな声が出てるよ、お兄ちゃん」「変態」「変態変態変態」「すごいおっきくなってるね」「変態」「変態変態」「変態変態変態変態変態変態」「変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態
ひまわりに声をかけてもらうと興奮した。
音は半音違っていたが、メイの声に似ているからそれでよかった。
趣味のない彼の何もない部屋。
壁も床もドアもインテリアはすべて、白で統一されている。窓はない。殺風景で、居心地の悪い部屋だ。しかし彼には居心地がよかった。
「お兄ちゃん、もうね、ひまわり、お兄ちゃんのオナニー見るの飽きちゃったよ」
何度洗顔してもまだ精液が肌に貼り付いているような気がして、タオルで何度もぬぐいながら怒った声でひまわりは言った。
「わたしのこと、メイでもマイでもお兄ちゃんの好きな名前で呼んでくれていいからね」
急に優しい声になる。法的に堕胎できる期間をとうに過ぎてしまって、3ヶ月前にしかたなく産んだ赤ン坊を抱きかかえ、あやしながらひまわりは笑う。もちろん彼の子ではない。通帳を彼が管理していたため、欲しかった洋服を買うためにしかたなく売春したときに出来たこどもだとひまわりは彼に説明した。彼もそれを信じた。だからといって、通帳の管理をひまわりにさせることを彼はしなかった。当時はまだ援助交際という名のやわらいだ表現がなかった時代だった。だからね、明日ひまわりを抱いてください。
「それでそのあと、もうひまわりを殺してください」
明日と言わず、今日殺そう。もう今殺してしまおう。
何故そう思ったかは知れない。ただとにかく彼はそう思い立って、カッターナイフをひまわりの首にあてた。ひまわりの私物を盗むくせのあった彼が、彼女の筆箱から盗み出したパステルカラーの小さなカッターナイフだ。彼はいつもそれをポケットに忍ばせていた。護身用のおまもり、だった。
ひまわりを殺そうと思ったのはもう8度目だ。
妊娠を告げられたときはじめて殺そうと思った。
堕胎できる期間がとうに過ぎていたことを知ったとき、二度目に殺そうと思った。
モグリの医者を探して連れていけば堕ろす気はないと言った。三度目に殺そうと思った。
生まれた赤ン坊の目元がひまわりにも彼にも似ておらず、父親に似ているんだろうと気づいたとき、四度目に殺そうと思った。
そのあとはどんなときだったかよく覚えていない。
とにかく今日が8度目だ。
ひまわりは彼のカッターナイフを握った右手を両手でぐっとつかんで、斜めに引いた。
噴き出した血を浴びながらひまわりは半音高いメイの声で笑ってその命の尽きるまで踊り続けた。
こんなことならトゥシューズを履いてくればよかった、ねぇ弘幸、持ってきてよ、もっときれいなメイの踊り見せてあげるから。
麻薬中毒者のけばけばしい原色に統一された部屋のように、彼の部屋が赤く、紅く、あかく、アカク、染まっていき、そして染まった。白はもうどこにもない。彼の心のなかにもなかった。今はもうこの部屋もこの体もこの心もひどく居心地がわるかった。
まぁ、と驚きの声をあげて部屋を訪ねてきた母は、床にインテリアのように赤く染まって転がっていたひまわりの赤ン坊を彼に抱かせた。ひまわりが母乳を与えているところを見たことがなく、乳くささはなかった。あったとしてもこんな姿じゃ血のにおいしかしないだろうけれど。この温かみもこの血のにおいも、懐かしい感覚だった。前にも一度こんなことがあった。と彼は思う。そうだ。あのときだ。
「その子もあなたのおもちゃなんだから、あなたが好きな名前をつけていいのよ」
と母は彼に尋ねた。あのときと一音だけ違う母の台詞に胸がつまる。
「メイ」と彼は短く答える。ひまわりと答えたあのときと同じように。
「そう、あなたの姪だからメイちゃんなのね。掛詞ね。すてきね。今度も飽きたらまた変えていいのよ」
あきないよ、と彼はやはり唇を尖らせた。
「それにしても、あのこはやっぱりおとなになれなかったわね」
わたしの言ったとおりね、母は嬉しそうに笑った。
「ひまわりはもうおとなだよ。12歳だけど、男とも寝てるし、こどももうんだし」
メイちゃんはおとなになれるかしら、母は彼の言葉が聞こえているのかいないのか、そう言って、また嬉しそうに笑った。
気がつくと昭和が終わっていたように、気がつくと彼はおとなになっていた。
何の努力もせず教師になれていた。死んだ父の会社は名前だけそのままに他人のものになっていた。新社長は社名を改めたかったが、変わらなかったのは、夏目の継父はある種カリスマと呼んでも差し支えのない男だったからだ。新社長にはそれほどの人徳はなかった。彼は、継がなければいけないのなら継ぐし、そうでないのなら継ぐ気はなかったので、母から「悲しいお知らせ」を聞かされたときも、別に何も思わなかった。第一、死んだ妹と違い、母の連れ子でしかない自分が継ぐ資格をもたないことも、継ぐべき血が流れていないことも知っていた。
優等生でありながら目立たない存在であった彼には、近頃流行りのテレビドラマの破天荒な教師たちのように学生時代教員にひどい扱いを受けたとか、そんな過去はなかったので、体制を変えようなどという思いは何ひとつなかった。体育教師の廊下や教室で行われる体罰に遭遇しても止めはしなかったし、生徒のパーソナリティーさえも数値化しようとする理数系の教師たちにも閉口こそしたが無関係を装っていた。彼は社会人になっても目立たない存在でありつづけた。誰も助けないかわりに誰も傷つけない。彼はそんな教師だった。しかし授業は完璧で、彼の担当する国語4クラスと理科1クラスは他の教員の教えるクラスより飛躍的に偏差値が高かった。
「棗先生は、キラヨシカゲみたいだね」
と、教え子の大塚恋子という少女に言われたことがあった。ジョジョという漫画の登場人物らしかった。
先生のこと悪く言う友達もいるの、存在感がなくって、幽霊みたいって、でも恋子は先生のこと好きだよ。
身近なおとなたちのなかでまったく目立たない、しかし完璧なおとなであった彼に恋子は惹かれ、恋焦がれていたようだった。目立たないがゆえに目をつけられいじめられ、同級生にバイブで処女を奪われたりした彼女にとって、彼は憧れだった。
「わたしも棗先生みたいに生きていけたらいいのに」
恋子がいじめられるたびに彼の居場所であった喫煙室にやってきては彼にすがるようになったので、どうせ助けてあげられることなどないし彼は彼女を無視をすることにした。それから少しして、恋子は不登校になった。ひきこもりの彼女がインターネットで発表した「いじめられ日記」がマスメディアに取り上げられたとき、学校側はいじめなどなかったの一点張りで、実際、恋子がいじめられていた証拠と呼べるものはどこにもなく、すべてを彼女から聞かされていた彼も何もいわなかったし恋子の「いじめられ日記」にも彼の名前はなぜかしるされてはおらず、結局校長と教頭と学年主任が何の責任なのかはわからない責任をとって飛ばされ、恋子が手首を深く切りすぎ自殺未遂に失敗して死んでしまって、恋子の事件はそれで終わった。
彼にはフィアンセがいた。すこし時代遅れな言い回しをするなら「いいなづけ」だ。
藤本花梨という名前の、夏目コーポレーションの現在の社長の一人娘だった。彼は母に勧められるままに婚約を承諾していた。彼が18歳、花梨はまだ小学生の頃の話だ。ひまわりが他界した翌年だ。母は会社を取り戻そうとしているらしかった。花梨は、東京の女子高生だった。なぜか彼のまわりには花の名前を冠する少女たちが多かったが(妹はひまわりだったし、姪は芽衣だし、母の名前は枇杷子だ)、それは名前が所詮記号でしかない、ということへのアンチテーゼだと彼は理解していた。
花梨は、ある新興宗教団体の教祖のポケモン好きの娘と同じ学校に通っている。花梨はその子と友人であるらしかった。何も自分を自慢することができず友人や知人を自慢する、花梨はそういうかわいそうな女の子だった。花梨には彼を興奮させるアニメの美少女のような声があったのだが、えてしてひとは自分の魅力には気づかないものだ。そうして他者の自慢ばかりするうちにひとは自分の魅力すら失う。ひとというのは悲しい生き物だ、と彼は認識していた。だから彼もまた悲しい。
姪の芽衣も12歳になっていた。死んだ妹と同じ年にまで成長していた。今夜も母親と同じようにパーティーでピアノを弾いた。会社を乗っ取られても毎年数回パーティーの招待状は夏目家に届いていた。芽衣のピアノ発表会なる催し物がオシナガキに記されており、参加は強制だった。
「もうすぐ、わたし芽衣ちゃんと親戚になれるのね。みんなに自慢しなくちゃ」
藤本花梨が言う。花梨はひまわりが着たがっていたような胸が大きく開いたドレスを着ていた。レコード会社のオーディションのために顔を整形しており、胸もシリコンを入れて膨らませてあるという話だ。結局オーディションのほとんどは書類とデモテープだけで落とされたらしい。彼の母は、あの子、年をとったらきっとまともに見られない顔になるから飽きたらすぐに捨てなさいね、と彼に助言していた。
「夫の姪は、夏目宗次の自殺した娘が12でウリやって堕ろせなくなって、しかたなしにうんだ子だって自慢するわけ?」
と、彼は皮肉を言う。真実は芽衣だけに知らされていないだけで、夏目家の事情は社の関係者で知らぬ者はなかった。昔からこの場所は彼にとっては居辛く退屈で、それに正装になかなかなれないためどうにも不機嫌だった。
「弘幸さんはわたしを勘違いしてる。わたしがそんな女だと思う?」
彼はこたえない。思ったことしか彼は口に出さない。嘘は嫌いだ。だから前言を撤回する気にはならなかった。
「思うから言ってるんだよ」
小さく吐き捨てると、ピアノを弾き終えた芽衣を迎えに行く。紳士を気取って。今日のぼくはらしくないな、と彼は思った。
芽衣は手を広げ、小さなその体に拍手を浴びたあと、こちらに向かって歩いてくる叔父を見つけて手を振った。走って、一度だけドレスのすそを踏んで転んで、また走り出す。彼に抱きついてきた。
「お兄ちゃん、芽衣のピアノどうだった?」
芽衣は彼にとっては姪で、芽衣にしてみたら彼は叔父なのだが、母がふたりを年の離れた兄妹として育てていた。だから彼はお兄ちゃんだ。芽衣はひまわりという名の母親を知らない。ひまわりの存在は戸籍からも抹消されて、墓もなく、戸籍上芽衣の母親は彼女の祖母になっていた。知り合いの医師に芽衣は双子で、もうひとりは生後まもなく死んだ、というカルテを作らせた。だから芽衣にはモノクローンは作られなかった。花梨のモノクローンはオペラ座の怪人のような暮らしを余儀なくされ、14歳の誕生日に徴兵され、殉職したらしい。
芽衣が生まれたばかりの頃は目元がひまわりに似ていないと思いもしたが、成長してみるとひまわりと瓜二つで、ひまわりの死とともにいなくなった彼の空想のお友達のメイが帰ってきてくれたような気さえ彼はしていた。
花梨と結婚しなくてはならないのなら結婚しよう。やめられるものならやめよう。どちらにしてもぼくはメイを愛し続けよう。
それが彼の人生のすべての価値だった。
それからしばらくしたある日のことだ。
夏休みを死んだ継父の遺産であった別荘で過ごす夏目家となぜか同行してきた藤本花梨にある事件が起こった。
早朝、朝食の準備をしていた母が突然、起きてきた芽衣の喉を包丁で掻っ切ったのだ。理由はわからない。
花梨はその場にはいなかった。散歩らしかった。花梨がいたら事件をもみ消すのは厄介になるだろう。そう思った。いざとなったら花梨を殺さなくてはいけなくなるかもしれない。殺すのは構わない。愛してもいない女だ。簡単だ。だが、ひまわりが死んだときのような悲しみを花梨の親族に味合わせるような真似は彼はどうしてもできない、と思った。だから花梨がこの場にいなかったことを彼はうまれてはじめて神に感謝した。
芽衣は唇からひゅーひゅーっという音を漏らして、困ったり笑ったり怒ったりしながら、12年前のひまわりと同じように踊り、彼に笑いかけた。
ひさしぶりだね、弘幸。ひさしぶりだね。元気だった?12年もわたしに会えなくてさびしかった?あの女がいけないの。あの女がわたしが弘幸に近づくことを拒むの。ねぇ弘幸、わたしはもう一度生まれてくるわ。だからそれまでにあの女を殺しておいてね。だからそれまで浮気しないでね。メイのこと愛してくれてるならできるよね?お願いだよ。あの女を殺して。それからいい加減トゥシューズを履かせてくれたっていいんじゃない?見たくないの?メイのきれいな踊り。白鳥の湖だってなんだって踊れるのよ?そのかわりメイはピアノは弾けないけどね。手先が不器用だから。
それだけ言うと、芽衣は母から包丁を奪い、深くその12歳にしては色香を出しすぎな体のいたるところを傷つけた。鮮血が彼と母と彼女を濡らし、噴水のように飛び出した鮮血の勢いがおさまると、芽衣の体の傷口は白い、おそらく脂肪のようなものが露出していた。その頃にはとうに芽衣は絶命していた。
一部始終を眺めながら、メイの言ったあの女とは誰のことだろう。芽衣の死は瞬間忘れ去られ、彼はそんなことを顎に手をあてて考えていた。やがて、あるひとつの結論が彼のなかで導かれた。
「お母さんはぼくのメイが嫌いですか?」
と彼がたずねると、母はメイなんて名前の子は知らないわよ、と声を荒げた。そして、すぐに表情を変えて泣いて彼の下半身にすがった。彼はそのとき勃起していたのに母が頬をズボンにこすりつけるので射精してしまいそうになった。
「あなたのメイはわたしでしょう?」
やはりあの女とは母のことか。
散歩から帰ってきた花梨は、血まみれの別荘のリビングと彼と芽衣の死体、彼の男根を口に含む彼の母を見てただ絶句し、数分してようやく唇を開いた。
「わたし、何も見てません。何も喋りません」
とだけ言った。そして、うわごとのように同じ台詞を繰り返す彼の母を見て、
「わたしがあなたのメイになります」
そう言って、花梨は床に転がっていた血まみれの包丁を拾うと、彼の母のこめかみに突き刺した。
さくりさくり。さくりさくり。さくりさくり。さくりさくり。
彼は思った。
あぁ、この女だったのか。
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