遅れてきたプロローグ ミッシング・シンドローム

少年は少女に抱かれて眠っていた。

少年と呼ぶには少し大人になりすぎてしまっていたかもしれない。

少女は少年の頭を撫でながら、6年という月日の重さを噛みしめた。はじめて会ったときには、まだひげは生えはじめてはいなかった。少女はランドセルが大きすぎるくらい小さなこどもだった。

少女が帰ってきたのは、真夜中だった。居間の絨毯の上に少年は転がるように倒れていて、死んでいるのではと不安になったが眠っていただけだったので胸をなでおろした。カーテンは随分閉められたままだったのだろう。埃が床に落ちることなく雪のようにカーテンに降り積もっていた。

ひさしぶりに触れる少年の頭を一晩中、何度撫でたかしれない。

もういちどだけ、撫でてあげるから、そしたら、今度こそ、お別れだよ、少女は五十音表の中から一字ずつ探すようにゆっくりとそう言った。

少年の頭を撫でながら居間を見渡す。

部屋にはひとつ死体が転がっていた。

少女の知らない女の子の裸の死体だ。

首の骨が折れていた。

少年が少女のかわりにどこからか連れてきてしまったのだろうか。誰にも少女のかわりなどつとめられるわけがないというのに、そのために殺されてしまったのだろうか。

蘇生させようと試みたのか、色とりどりのサインペンで呪術的な記号が体中に描き込まれていて、不謹慎かもしれないけれど美しかった。少し腐り始めていていやなにおいがした。妊娠をしているような体つきだった。少年のこどももお腹の中で腐ってしまっているのかもしれなかった。

この死体も始末しておいてあげる、と少女は思う。

少年と兄妹であった五年半のうち、そのほとんどはひとつ屋根の下で暮らした。しかし最後の三ヶ月は少年のそばにいてあげることができなかった。兄妹でなくなってしまってからの三ヶ月は、ほったらかしにしてしまっていた。

その結果がこれだから。少女は責任を感じていた。

とうに朝を迎えていたが、少年はまだ起きる様子はない。

さきほど頭を撫でたのが最後だと決めていたから、少女は最後にキスをしてあげようと思った。

寝込みを襲って、こどもを作ってもいいかもしれない。

兄妹だったけれど血のつながりなどなかったからだ。

本当はそれが一番したいことなのだと少女は知っていたけれど、それはとっておくことにした。

いつか再会できたときのために。

少女は少年にキスをした。

少年を起こしてしまわないようにそっと立ち上がる。居間の壁にかけられた時計は午前九時をしめしていた。

お別れの時間。

家の前に白いワゴンが停まって、少女を待っているはずだ。

腐った女の子の死体を背負って、

「さようなら、お兄ちゃん」

少女は家を出た。

もう二度と少年に会えないことを少女は知っていたのに。

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