第1話 過去の夢

 ああ、まただ。またこの夢だ。

 醜く太った男が、脂でテカった顔を歪ませてわらう。


「あひゃひゃっ、叢雲星夜むらくもせいやくん。きみは車に気を付けるんだぞぉ?」


 何回も何百回も何千回も、夢で聞いた言葉。

 この醜い男は俺の両親を殺した。


「なん…で……!」


 久しぶりのデートだと、母は嬉しそうにはにかんでいた。父にしては珍しく、照れていたように思う。


「なんで…!!」


 少なくともあの日、両親は幸せの真っ只中に居たのだ。両親も、そして俺も、この幸せがずっと続くと思っていた。

 何度も後悔した。「いってきます」と言った2人を止められなかったことを。


 この醜い男は、横断歩道を歩いていた両親を轢き殺したのだ。それも飲酒運転で信号無視をして、だ。


「…なんで殺したッ!!」


 目に涙と憎悪を浮かべ、醜い男に叫ぶ幼い俺。


「なんで償わないッ…!!」


 男は大金で警察を買収。事件の犯人は別人となり、それも両親が急に道路へと飛び出したことが原因となった。


「なァ、坊主…。良い事を教えてやる。この世はなァ、正義の味方よりも金を持ってるやつが偉いんだぜェ…」


 あひゃひゃと汚い声が木霊する。

 この言葉を最後にこの夢は終わる。俺はきっと、一生この夢を見続けるのだろう。この悪夢にうなされ続けるのだろう。


 だが、それでいい。

 この夢に慣れたら、この夢を見なくなったら、俺はそこで終わりだ。この夢を見る限り、俺は己の正義を奮い立たせることが出来る。


 少しずつ意識が薄れていく。

 気を失うのではなく、目が覚めるのだろう。

 この憎悪を、俺は忘れない。


 ◇


 深いところから水面へと浮かび上がるように、目が覚める。

 頬には涙のあとが残っていた。


「最悪の目覚めだな…」


 ゆっくりと起き上がり、ベッドから出る。

 この家には俺しか住んでいない。幼い頃に両親は他界。祖父母ももう亡くなっている。

 月に2回くらい、お世話になっている女の警察官が来るが、その人も最近は忙しいらしい。


 今日は6月の初め、大学が休みの土曜日だ。

 今年で20歳になった俺は、冒険者をはじめて1年ほど経つ。

 これでもかなり才能があったようで、実力的にはかなり上位の方だと自分で勝手に思っている。

 スキルを覚えることができるスロットも上限である5個だ。


 去年の夏、『冒険者法』が施行されて18歳以上が冒険者資格を取れるようになった。

 この冒険者資格を取ることでダンジョンに入ることが出来るのだ。


 ダンジョンは10年ほど前、俺の両親が死んでから少しした時に突如として地球に現れたものだ。

 このダンジョン騒ぎもあって、両親の事件は一瞬で誰もが忘れることとなった。


 当時は宇宙人の侵略などと騒がれていたが、数年経っても何も無く、情報も何も公開されなかったことで徐々に関心が薄れていった。


 しかし、とある一般人が動画投稿サイトに「ダンジョンに侵入したら謎生物いたwww」という動画を投稿したのがきっかけで、再び世間を騒がせた。

 この時ダンジョンに侵入した人達が後に第1世代冒険者となる一般人である。


「ダンジョン、行くかあ」


 ダンジョンにはモンスターと呼ばれる怪物がいる。上層には弱いモンスターが、下層に行くに連れて強いモンスターが現れるという。

 では、何故こんな危険な所に一般人の手を借りてまで攻略しに行くのか。それはライトノベルなどでも良くあるように、魔石などのドロップ品があるからだ。

 この魔石、エネルギー源となり得ることが分かったのだ。冒険者は魔石などを入手、売却し生活費を稼ぐ。政府や企業が買い取り、エネルギーとして使う。このようにして冒険者という職業が成り立っている。

 ダンジョンの数は未だに数え切れていない。増えたり崩壊したりしているからだ。

 だが少なくとも100以上は、常に地球上に存在している。

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