第328話 優しい微笑み
「……で、何しに来たんだよ」
リビングの椅子に座った外川を見ながら、俺は訊ねる。あまりにもうるさいものだから、俺は外川にお茶も出してやった。
「言ったでしょ。後田君のことが心配だった、って」
「……そんなはずないだろ。お前が俺のこと、本気で心配するとは思えないな」
俺がそう言うと悲しそうな顔をする
「酷いなぁ。僕は本当に心配しているんだよ? だって、後田君は前野さんに裏切られちゃったんだから」
哀れなものを見るかのような目で、外川はそう言う。あまり考えないようにしていたというのに、無理矢理にそのことを意識させられる。
「……まだ、本当に裏切っているかどうかなんてわからないだろ」
俺がそう言うと外川は目を丸くする。それから、気の毒そうな表情を俺に向けながら、お茶を口にする。
「後田君……信じたくないのはわかるけど、あれはアウトだよ」
……分かっている。外川の言う通り、ほぼほぼ、あれはアウトなのだ。
ただ、俺は真奈美のことを信じたい……。だからこそ、そう言っただけなのだ。
「……で、ほんとにお前、何しに来たんだ?」
俺がそう言うと、外川は少し間を置いてからニッコリと微笑む。
「いやね……。前野さんが後田君を裏切っていたんだからさ……、後田君も、前野さんのこと、裏切ってみない?」
「……は? どういうことだ?」
俺がそう言うと外川は嬉しそうな顔をしながら先を続ける。
「そのままの意味だよ。前野さんが君のことを裏切っていたんだから、君も同じように裏切り行為をしてもいいんじゃない、って意味さ」
「……理解できないな。そんなこと、できないし、するつもりもない」
俺がそう言うと外川はなぜかムッとした顔をする。
「なんで? 別にいいじゃん。前野さんは中原君と浮気しているのに?」
わざと俺に意識させるように、事実をありのまま述べる外川。
「……だから! まだ確定したわけじゃないだろ!」
思わず俺は声を荒らげてしまった。
「違う! 後田君は現実を認められないだけだよ!」
外川も俺に対向して声を上げる。俺は少し落ち着きたくて大きくため息をついた。
「……そうだよ。俺は現実を認めたくないだけだ」
「後田君……。そうだよね。一番辛いのは後田君なのに……ごめん」
……なんで俺は外川に謝られているんだ? なんだか、自分でも意味がわからなくなってきた。
「……じゃあさ、確認してみればいいんじゃない?」
「……え?」
外川は俺を安心させるように優しく微笑む。
「前野さんが本当に浮気しているのか……確認してみればいいんだよ。それなら、後田君も納得するでしょ?」
「……いや、だけど、お前、それは――」
「できない?」
外川がまっすぐ俺のことを見てくる。
……外川が俺がそんな簡単なことをできないことを確信している。おそらく、俺がそれをできないからこそ、そんな提案をしているのだ。
俺が黙っていると、外川が立ち上がり、なぜか俺の肩に触れる。
「大丈夫だよ」
そう言う外川の顔を、俺は見る。
「僕は、後田君の味方だからね」
優しく微笑む外川。俺だって、わかっている。
外川は、俺のことを心配なんてしていない。
俺と真奈美の仲を破壊しようとしているのだ。何が真の理由なのかはわからないが。
そして、このままでは、俺自身の疑心暗鬼のせいで、真奈美との仲を、俺自身が破壊してしまう……。
優しく微笑みながら肩を撫でる外川を見ながら、俺はなんとかしなければと思うのであった。
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