第308話 明日も、また
それから、どれくらい時間が経っただろうか。
大分時間が経っているのはわかっていたが……動けない俺としてはどうにも本当に時間が経っているのか心配になってきてしまった。
前野は……時折、布団の中で動いているように思える。流石にずっとこのままでは前野もキツイはずである。
俺は体をいきなり起こしてみた。周りは……完全にいびきを立てて眠っているようである。
「……おい」
俺は布団の中に呼びかける。前野がゆっくりと顔を出す。
「……大丈夫?」
「……わからん。だけど……いつまでもこのままってわけにはいかないだろ?」
「私は……別にいいけどね」
少し疲れたような顔をしていたが、まだ冗談を言える余裕はあるようである。俺は呆れながらも立ち上がる。
「……ほら。廊下に出るぞ」
俺がそう言っても前野は苦笑いする。
「……なんだ?」
「あはは……立てなくなっちゃった」
そう言って前野は手を伸ばす。俺は呆れてしまったが……かといって、このまま放っておくわけにはいかない。
「……わかったよ」
俺は前野の手を握り、立ち上がらせる。前野は思いのほか簡単に立ち上がった。もしかして、立てないというのは、演技だったのではないか?
そして、極力、音を立てないようにしながら、なんとか、同室の奴らの間を通っていき、そのまま廊下へと続く扉を開ける。
薄暗い廊下には……無論、誰もいなかった。時間は……時計が近くにないのでわからないが、かなりの深夜だろう。
「……じゃあ、後は一人で帰れるよな」
俺がそう言うと前野は不満そうな顔をする。しかし、流石に女子の部屋まで付いていくのは……俺でも難しい。
「……流石についていけないって」
「真奈美」
と、いきなり前野はなぜか自分の名前を言ってきた。
「……は?」
「名前で呼んでくれたら、帰るよ」
いたずらっぽそうに笑っていたが、その言葉は……なんだか、俺にとって前野からの許しのように思えた。
「……本当に、帰ってくれるんだな?」
「うん。だって、また明日会えるしね」
そう言われてしまうと……俺としてもどうしようもなかった。
「……じゃあ、また、明日な。その……真奈美」
俺がそう言うと前野は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見ると……なんだか、少しだけ気持ちが軽くなった。
「うん。じゃあ、また明日ね、湊君」
そう言って前野は廊下を歩いていってしまった。
思い返してみれば、数時間、女の子と同じ布団に入っていたというとんでもない状況だったわけなのだが……。
俺としては、前野がまた自分のことを名前で呼ぶことを許してくれたという事実が……俺にとっては救いに思えるのだった。
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