第131話 誘導

「お邪魔します」


 結局、前野を家まで連れてきてしまった。まぁ、今更やっぱりダメとも言えないわけであるし……。


 前野の方は特に躊躇なく家の中に入っていく。なんというか……制服姿のクラスメイトの女子が自分の家に来ているっていうのは、白昼夢のようであった。


 エアコンをつけて、二人でリビングでテーブルを挟んで向かいあって座る。前野は俺のことを見ていた。


「……で、どうするんだ?」


「別に。特に何も考えてないよ」


「……麦茶でも飲むか?」


「うん。飲む」


 俺は仕方なく前野に麦茶を出してやることにした。考えてみれば飲み物を奢っているし、家にも招いてしまったし……なんだか前野を甘やかしすぎている気もする。


 前野と自分の分の麦茶を注ぎ、テーブルに置く。前野はコップに口をつけた。


「ふぅ。美味しい」


 エアコンの音だけがやたら大きく聞こえる。無言のままに俺たちは向かいあっている。


 ……これって、不味いんじゃないか。


 この家の中には俺と前野以外いない。親はたぶん夜まで帰ってこない。


 流れで家まで招いてしまったが……よく考えてみれば、俺はとんでもないことをしているのではないだろうか。


「ねぇ」


 と、いきなり前野が口を開いた。俺は思わず反射的に驚いてしまった。


「……なんだ?」


「こういう時って……どうするのかな?」


「……こういう、時?」


「うん。こういう時」


 前野はそう言って俺のことを見る。その視線は……間違いなく、何かを期待している視線だった。


 その時俺はようやく理解した。俺が前野を招いたのではなく、前野が俺に……自分を家に招くように誘導していたのだと。

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