第105話 意気地なし

 そして、前野の家のマンションから出た、その時だった。


「随分……遅かったですね」


「……え。な、なんでお前……」


 少し先に電柱の影から現れたのは……端井だった。


 端井は明らかに不審げな顔で俺のことを睨んでいる。


「……まさか、ずっと待ってたのか?」


「待ってた? あはは! 違います! 待ち伏せしてたんですよ。アナタが帰ってくるのをね」


 口の端を釣り上げるような不気味な笑い方をする端井。


「……で、待ち伏せして、俺をどうするつもりだったんだ?」


「別に……どうするもないですよ……ただ、聞きたかったんです……一体今まで何をしていたんですか、と」


 端井の目はギラギラとしている。答えによっては、なんだかとんでもないことになりそうな気がする。


 俺はしばらく考えていた。端井は苛立たしげに俺のことを睨んでいる。


「で……何があったんですか!?」


 端井が問いただすかのようにそう言うと、俺も我に返る。


「……なかった」


「は? なんです?」


 端井が聞き取れなかったようなので、俺は今一度正直に言う。


「……何もなかった」


 俺がそう言うとしばらくの間、再び沈黙が流れる。そして……しばらくしてから、フッと端井が微笑んだ。


「後田君、アナタ……意気地なしですね」


 それだけ言って端井はそのまま俺に背を向けて去っていってしまった。残された俺は薄暗い道を歩き出す。


 それにしても……みんなして意気地なし呼ばわりしないでもいいような気がするのであった。

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