第36話 嫌

「……なぁ、前野」


 その日は俺の方から前野に話しかけた。前野は少し間をおいてから、俺の方に振り返る。


「何?」


「……言っていなかったんだが、俺は今、隣の席の横山にも勉強を教えることになったんだ」


 俺はそう言ってから、チラリと横目で横山を見る。横山は気まずそうに苦笑いしている。


「……だから、お前の用事に付き合えなかったんだ」


「ふーん。で?」


「……なんというか、黙っていて……悪かった」


 ……なんで俺が謝らないといけないんだ、と思ったが、ここは謝らないといけないのだと俺は思った。なんとなくだが、そう感じたのである。


「なんで、後田君が謝るの?」


 しかし、その俺が感じた疑問を前野も感じていたらしい。


「……なんでだろうな」


「別に後田君が私以外の人に勉強を教えちゃダメなんてことないし、いいんじゃない?」


 と、案外素っ気ない様子でそう言った。なんだ? てっきりそれが不満なんだと思ったが、俺の思いすごしか。


 というか……そもそも、別に前野にとっては俺が誰に勉強を教えようとどうでもいいということか。


 なんだか、俺の方が前野にとって俺がさも特別な存在だと勘違いしていたようで、恥ずかしい。


「……そう、だよな」


「うん。駄目ってことはない。嫌だけど」


「……は?」


 俺が聞き返すと、前野は横山のことを見て、はっきりと先を続ける。


「私、あの人のことよく知らないし。見た目だけだと、苦手なタイプだから」


 目を丸くしているのは横山である。もちろん、俺も驚いていたが。


「だから、そんな人が私の友達と一緒にいるのは、嫌」


 それだけ言って、前野は背を向ける。


 なんとも……言いたい放題言ってくれたものである。

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