空間魔法が当たり前の世界

信仙夜祭

第1話 プロローグ

 ──カタカタカタカタ……


 部屋には、キーボードを激しく叩く音が鳴り響いていた。

 そして画面には、『You Win!!』の文字が出た。


「ふう~……。バージョンアップから四十時間でレイドボス攻略完了。しかも単独ソロ。まあ、最速だろうな」


 レイドボスとは、MMORPGにおける攻略目標だ。通常は、十数人で一ヶ月程度かけて討伐するNPCだ。


「さて、動画をアップするか」


 手慣れた感じで動画編集を開始する男性。


「おーおー。これはまた凄い勢いで、アクセス数が増えて行くな」


 画面の数字を見ているのが、主人公の向後空こうごそらだ。

 満足とも、不満とも取れない表情でアクセスカウンタを見ていた。



「う~ん。さすがに疲れたな。何か飲むか」


 硬くなった筋肉を解すため、『う~ん』と伸びをして、関節をポキポキと鳴らす。

 椅子から立ち上がった向後空こうごそらだったけど、直後に倒れた。


『何だこれ? 手足が動かないし、声も出せない』


 意識はあった。だが、何も出来ない。そんな状態で、体感的に数十分だろうか? 思考だけを働かせていた向後空だったけど、最後には瞼を閉じた。

 そして、そのまま意識を失った。





「っは?」


 ガバっと起き上がった。

 どれくらい意識を手放していたか分からない。だけど、生きていた。

 手足を確認する。

 問題なく動いていた。


「記憶が曖昧だな……。それにここは何処だろう?」


 一面、真っ白い世界に自分はいた。影もない。

 映画とかで主人公が捕らえられると、こんな空間に飛ばされるのだけど……。もしかすると病院か?

 そんなことを考えていた時だった。


 ――パンパン


「はい、は~い! 起きたようですね。気分はいかがですか?」


 二十代と思わる女性が声を掛けて来た。誰だろう?


「えーと……。看護師さんでしょうか?」


「ハズレです。そもそも看護師がこんな格好しているわけないじゃないですか」


 そう言われれば、そうだ。時代錯誤も甚だしいその服装を見て、自分がいかにズレた質問をしたのかが、理解出来た。

 そうなると……。


「ここは何処でしょうか?」


「あの世と、この世の中間です。狭間と言えば、分かりやすいですか?」


 あ、そうか。自分は死亡したのか。ちょっとやり込み過ぎたか。

 『ふぅ~』っとため息が出た。


「現状が理解出来たようですね。それでは、本題に移ります」


 ん? 本題? 思い当たる事がないぞ。


「すいません、まず確認させてください。自分は死亡したんですよね?」


「はい、死亡していますよ。四十時間飲まず食わずで、脳汁ドバドバでは、それは死にますって」


 酷い言われようだ。でも、自分はそう見られるのか。

 何かにのめり込める物が欲しくてMMORPGを選んだのだけど、まあ、他人から見れば変人なんだろうな。

 いや、話を本題に戻そう。


「志望後に何か依頼でもあるのですか?」


「う~ん。正確には、死亡するかしないかの所で時間を止めています。これから依頼を出すのですが、上手くクリアしてくれれば、生き返らせてあげても良いですよ」


 意味が分からない。死亡直後に依頼してきて、生き返らせても良い?

 前世を思い出す。あまり良い思い出のない前世だった。


「……いや、生き返らせて貰えなくて結構です。前世に未練もないですし」


 目の前の女性が、ため息をついた。


「頭も良く、恵まれた体も持ちながら、何もしない。そして、他者を助けるのは良いけど、助けて貰おうとはしない。それでは、幸福感など得られない人生でしたよね?」


 自分の人生は、第三者視点だとそう見えるのか。

 何をしても一番トップを取れない人生だった。

 努力はした。それだけは、胸を張って言える。でも、何をしても一番トップは取れなかった。

 自分の前には何時も天才や秀才が立ち塞がっている人生だった。

 どうあがいても勝てない。その度に挫折を味わった。


 暇つぶしにゲームを始めて、攻略動画をアップする動画配信者になってみたけど、一位の人とは、それこそアクセス数の桁が違っていた。まあ、生活できる程度には稼げたのだけど。

 他人から見れば、才能があったのかもしれないけど、つまらない人生を送ってしまった。


「……それでは、これで」


「待ちなさい。これからでしょうに!」


 何だろう? 首を傾げる。


「私の管理する世界は、現在困っている状況にあります。あなたには、その世界に転移して貰い、問題を解決して欲しいのです」


 あー、あれか。今人気の異世界転生転移ってやつか。

 でも、生き返らせて貰えなくて良いと言ったのに、話を進めるのか。

 もう、異世界行きを受ける事が決まっているのかな?


「自分を選んだ理由はありますか? 他の人ではない理由です」


「教えられませんが、もちろんありますよ。『あなた』だから選ばせて貰いました」


 あるのか……。受けたくないな。

 腕を組んで、『う~ん』と考えてしまう。


「何が不満なのですか? 日本人であれば、喜んで異世界に行くのでしょう? 短剣一本でヒャッホーな人種でしょうに」


 酷い偏見だな。だれだ、『ヒャッホー』した奴は。民族として間違った認識を持たれているぞ?  

 っというか、異世界に行く人は結構いるみたいだ。

 さて、どうしたもんかな……。


「報酬の件で相談があります。あなたの希望の通りに状況を好転させたら、『生き返らせる』以外の報酬を頂きたいです。また、報酬の内容は、最後に決めさせて貰いたいです」


「前世に興味がないのですか? 天才や秀才レベルの才能を付与して生き返らせても良いのですよ? もしくは、現在の記憶を持って幼児からの再スタートでも良いですよ?」


 ダメだ。ズレている。

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