花見・案山子・裏話

 うまい話には裏がある。それを体現するような会話が目の前で行われているのにじっと耳を傾けていた。

 桜が舞い始める、花見シーズンの終わりごろ。公園の片隅での話だ。いい感じに酒が入って気分のよくなった男がふたりそこにやってきた。そうして怪しげな会話を繰り広げ始めたのだ。

「だから。これを5万円で買ってもらえれば他の人に8万円で売れるんですってば」

 そう男が進めているのはひとりで抱えても余裕があるくらいには小さい段ボールの箱ひとつだ。それに手を乗せながら力説してい姿はどうしたって胡散臭く見えてしまう。だからなのだろう、進められている男の表情も晴れているわけではない。むしろ疑っているとみていいだろう。

「だったらなんであなたがそれを8万円で売らないんですか?」

 もっともな返しだ。それは当然な疑問で、怪しさの99%がその部分に詰まっていると言っても過言ではあるまい。それは正しい質問であり、的を射ているはずなのだがある意味では沼にハマっていく罠にかかってしまったということでもあるようだ。

 売ろうとしている男はにやりと笑った。まるでまってましたと言わんばかりの笑みだ。

「いやね。私としても8万円で売れるのが一番いいんですがね、すぐに手元にお金が必要なんです。ちょうど5万円。なので8万円で買ってくれる人はいるんですが、その方には少し時間がかかると言われてしまってまして、今すぐにお金が用意できないと言うのです。なのでいったん5万円払っていただけそうなあなたに声をかけているわけです。つまり差額の3万円分はあなたへの迷惑料と言うわけなのです」

 これまたもっともらしいシチュエーションだ。しかし、舞台として用意されたシチュエーションとしか思えない。それなりの説得力があるように思えるがそんなことはにない。そんなうまい話があるわけはないのだ。しかしそれが見抜けぬ人と見抜ける人がいるのも間違いなくて。

「なるほど、ではその箱を買いましょう」

 今回はあっさり納得してしまった。ああ。と止めてあげたい気持ちがこみ上げてくるがどうしたってそれは出来なくて、目の前で行われている悲劇をただじっと見ていることしかできない。

 なぜこうやって人は目の前でこうやって取引をするのだろう。ちょうどいい具合に人目に付きにくいからなのか。こうやって辺りを監視しているような姿を自分がしているが、だれにも告げ口が出来ないことを知っているからなのか。それは案山子には分からなかった。

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