変換コネクタ・ひな人形・折込チラシ
ある日、新聞受けに入っていた折込チラシに興味を惹かれて、外出することにしたのは季節が師走に向かって全力疾走している寒空の下だった。
いつの間にか手袋なしでは外を歩けなくなっている。ついこの前まで残暑がとか。話をしていた気もするのに本当に全力疾走しているなぁとくだらないことをぼんやりと考えてしまう。
手に持った紙袋の中身もそこそこの重量があってかじかみ始めている手には重労働で、少し進んでは右手から左手に持ち替えて、また少し進んでは左手から右手に持ち替えるのを繰り返しいていた。
折込チラシにあったのは古くなったひな人形を買い取ってくれると言う触れ込みからだ。年明けのひな人形の購入のチラシだったのだが、チラシの隅っこに小さく買取も行っていますと書かれていて、大変それに惹かれた。うちの押し入れにずっとしまってあるひな人形をどう処分していいか分からなかったからだ。
年末の大掃除に向けて、部屋の片づけを始めたのがきっかけだ。家から出る機会も減った今年はどうしても家の事をやる時間が増えてしまう。いつもはなんとなくこなしてしまう大掃除を今年は真面目によろうかと思った矢先のことだ。普段明けない押し入れを開けてさっそく挫折した。
ひな人形は子どもの頃に祖父母が買ってくれたものだ。初孫ということもあってだいぶ気合が入ったものを買ってくれたのだと大人になった今はそう思う。毎年飾るのもおっくうになるくらいのこれは押し入れを占領し続けるわけだとも思う。両親が毎年渋い顔をしながらも飾ってくれたことは感謝したいくらいだ。
さすがに全部を持ち出すのは不可能だったので、お内裏様とお雛様だけをもって、だいたいどれくらいになるのか査定をしてもらおうと向かっているところだ。
実は祖父母の思い出はほとんどない。遠くに住んでいたのもあったし、両親との仲があまりよろしくなかったらしい。これも全部聞いた話だし、確認しようがない今となってはあまり意味のないことだと思って、親戚に問いただしたりもしない。ただ、漠然と問いただす相手がいないことをさみしく思い、追いていかれた気になるだけだ。
そうこうしている間にお店に辿り着く。盛ってきた品を見せるとマスクをつけた係の人は少しだけ興奮したようだった。
「いい人形ですね。ちゃんと調べますからしばらく待っていてください」
そう言って奥の作業室に入っていくのを見送った。
そうか。いい物をもらっていたんだだなと思うと感謝の気持ちがこみ上げてくる。
店内をうろついて人形を少し見ていた。昔に比べて小ぶりな人形が多いと思う。顔もかわいらしくなっている気がする。これもぜんぶ時代の流れを表しているのか。
ふと、店内のPOPが目に入る。
『思い出の人形をストラップにしませんか?』
どうやら、人形の素材を使って持ち運びしやすいストラップの大きさにリメイクしてくれるらしい。
「せっかくなんで、売らずに持って帰りますか?」
先ほどの係の人が気付けば隣に立っていた。
「はい」
考える前にそう答えていた。
お内裏様とお雛様以外はそこで買い取ってもらった。そのお金でお内裏様とお雛様はカバンに付いている。
サービスでUSB変換コネクタが背中に付いている。CからA、AからCに変換できるそれはスマートフォン充電やデータの転送なんかに役に立つのだが、見た目とのギャップの不釣り合いがおかしくなって使うたびに笑ってしまう。
カバンの隅で揺れているふたつの人形を見るたびに両親と祖父母を思い出す。両親と祖父母も不釣り合いだったのかもしれない。でも、こうやってここに自分がいることは決して不釣り合いだけじゃなかったことの証明なんだと思えてくる。
季節は師走。親戚の集まりが出来るかどうかも分からないが出来たら思い出話に花を咲かすことが出来たらいいなと思ったんだ。
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