ミトコンドリア・ハンドルネーム・ハクビシン

 ミトコンドリアが全身でエネルギーを生成しているのを感じる。そのエネルギーをそのまま全力疾走するために使用しているのも感じる。息は切れ切れ。太ももからふくらはぎにかけて、だんだんと重く、動きが鈍くなっていくのも分かる。それでも足を止めるわけにはいかないと必死に歯を食いしばって走り続ける。

 これには訳があった。

 ある日の夕方。オンラインゲームで知り合いになった友人に呼び出されたのだ。急なオフ会ってやつだ。これまでもなんどかあったことがあり、歳も近いことが判明してからはちょくちょくと会う機会も増えていった時だ。

 公園にいたそいつを本名ではなくハンドルネームで呼ぶ。なんなら本名なんて知らないままだ。知ったところで呼ぶ機会なんてないし、このままハンドルネームだけの関係でもいいと思っている。なんら不便なこともない。最近はそういう関係も多くなっているとどこかのニュースで見たような気すらする。

 まあとにかくたわいもない話で盛り上がる。主に一緒にやっているゲームの話だ。スマートフォンで遊べるので話しながら実際に遊んでいる。それがオフ会の醍醐味と言えなくもない。

 ――ガサガサ。

 急に公園の草むらの中から何かが動いた音がして、ふたりして公園のベンチから飛び上がった。

 同時に音のしたほうも見る。猫か?犬か?どちらにせよ正体を確認しないことには安心できない。

 音を立てながら何かが近づいてくる。音の大きさからしてそんなに大きくないはずだ。

 そしてにょっきりと顔を出したのは猫みたいな妙な生き物だった。猫ではない。それだけはわかる。

「ハクビシン」

 隣にいた彼がそうつぶやいた。

 確かに額から鼻にかけて白い線がある。そうかこれがハクビシンというやつか。初めて見た。

 そうのんきな感想を抱いている間にハクビシンの穏やかな表情が何かを警戒する表情へと変わっていく。

 へ?

 こちらを見て威嚇し始めた?

 キーとなき始めるその小さな体から迫力のある何かを感じる。そして同時に逃げなければと思う本能がこみ上げてくる。

「逃げよう!」

 隣で彼は走り始めるのと同時にハクビシンがとびかかってきた。

「おわっ!」

 思わず声が出て走り始める。

 必死に。全力で。

 逃げながら思った。オンラインゲームは家でやるのがやっぱりサイコーなんだと。

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