まつ毛・長ナス・ティーカップ

 長ナスに顔が付いていた。意外とダンディなイケメン顔だ。キリっとした目つきが印象的だ。ちなみにだけれど、顔があるだけで手足があるわけでもしゃべり始めるわけでもない。当然大きさも普通の長ナスだ。何を言っているのかと思うだろうがとりあえずの事実を述べているつもりだ。自身でもこれが現実なのかは疑わしいものだと思っている。

 気が付いた時、いたのは見知らぬ部屋だった。そこは小さな部屋だ。テーブルが真ん中にポツンと置いてあり四方に椅子が置いてある。だれかが座っている訳ではなくて座っているのは自分だけ。周りを見渡せば小さな小窓が一つとキッチンにタンスに、扉。普通の部屋のような気がする。窓の外は青空に雲がふわふわと浮いているだけで他に目印になりそうなものはなにも見えない。明るいから太陽もどこかにあるだろうけれど、窓からは見せそうになかった。立ち上がって扉から出ようとしてもカギがかかっているのかノブを回してもびくともしない。窓から顔を出そうと近づいても窓が開くことはなく、見える範囲には空しか見えない。地面すら見えないのは不思議な感覚なのだが、まさかこの部屋は浮いていたりするのだろうか。上を見上げて風船が付いていないか確認したい所だったがそれも不可能なようだ。

 椅子に戻って大人しく座る。そうして、テーブルの上にポツンと置かれた長ナスを見つめるのだ。目線があって少しだけ気恥しく思えてしまい、自己嫌悪すらする。なんでナスなんかに目線を逸らしたくなるのか。

「ここはどこなんだい?」

 長ナスに話しかけてみる。あまりに現実感のなさに話しかけてしまう。夢かも知れないし返事があることを少しだけ期待すらしてしまう。それくらいほかに頼れるものがなさそうなのだ。

 当然のように返事がない長ナスを見つめる。よく見るとやたとまつ毛が長くてだんだんとかわいくなってきてしまった。まつ毛はチャームポイントだな、なんてよくわからない感想すら抱き始める。

 どういう意図で長ナスをここに置いたのか、しかも顔までつけて。そもそもここは本当にどこなんだろうと考えるけれどわかるはずもなく、ただ時間だけが過ぎていく。時間が経ちすぎたのか喉が渇いてきた。幸いここはキッチンだティーカップも水道もある。本当にその水道から水はでるのか?と疑問が浮かんでは来たが、多分出るような気がした。

 水道の蛇口を上げる。勢いよく出た水に少しだけ胸をなでおろす。とりあえず水分不足で苦しむことはなさそうだ。

 ティーバッグも棚の中から見つけたので、やかんでお湯を沸かして(コンロの火もついた)ティーカップに注いでティーバッグを垂らした。

 落ち着いてしまったけれど、ここから出る方法を考えたほうがいいのかもしれないなとも思う。しかしなんというか危機感や切迫感がこの場所にはないのだ。安心してしまう空間。いつまでもまったりと過ごしていたいと思わせる不思議な空間だ。

「ねえ。いつまでもここにいていいのかな」

 また長ナスに話しかけてしまう。話し相手だけは欲しいなと思いながらだ。ひとりはさみしい。長ナスの顔が少しだけ笑顔になった気がした。らいいのになとこの先のことを何も考えられないままお茶を口に流し込んだ。

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