ローマの休日・エクスカリバー・プロトコル
社内サーバーに繋ぐためにIPアドレスを入力していく、アドレスは違えど手順はどこにいっても同じだ。焦る必要はない。DNSサーバーにも同じように入力する。全部手順書に書かれた通りだ。
システムエンジニアになって3年。現場はここで6件目だ。流石に初期のセッティングも慣れる。駅近くのビルに入るために入館証を掲げないと入れないので、中にいる同じ会社の人に迎えに来てもらった。そこから今日配属の人間に向けたオリエンテーション。それからのパソコンのセッティングだ。一通り慣れてしまったルーティンに恐怖が襲う。
本当にこのままでいいのか、と。
ひとつの現場に長くいることはその人が必要とされている一つの指針であることは間違いない。なぜならば、その人がいなくなったら分からないことが膨大に増えることがほとんどだから。しかし、その人がいないと現場がうまく回らないのも悪いことだ。
だから、いい現場を渡り歩いているのだと言えなくもない。しかし、同期がこの3年、同じ現場で活躍しているのを聞くと、焦りを感じざる負えない。
使いまわせる歯車。忙しい期間だけいればいい部品。自分は果たしてそのレッテルを張られているのだろうか。出向先を決めるのは会社だ。その会社が自分の事をどう評価しているのかで現場は変わる。そしてその会社の評価は出向先の現場での評価とほぼ同義なのだ。
果たしていい歯車があるから出向先がコロコロ変わるのか出来が悪い歯車をどこかにハマることはないかと試行錯誤しているのか、正直分からない毎日だ。
エクスカリバーを抜いたアーサー王の様に、伝説の聖剣みたいな現場を引き当てることが出来るのだろうか。
そうやってついゲームのガチャみたいに考えてしまうのもよくないのだろう。なにせ、評価されているのは自分自身の仕事ぶりだ。
一通りセッティングが終わったら、参画するプロジェクトの概要説明にプロジェクトの現在の進行状況から、工程の説明、計画の説明、担当の割り当てなどのミーティングに参加する。
そこで見知った顔がいた。たしか3つくらい前の現場で一緒だった人だ。違う会社の同期でお互い不安だったこともあり、何かと一緒に飲み食いした中だ。少しだけ気持ちが落ち着く。自分と同じ境遇の人間と言うのは何より力強いものだ。
「ここのこれ、わかりました?」
その同じ境遇の彼女は昼休みそう聞いてきた。
プロジェクトの疑問点をすり合わせていく。次第に前の現場での空気を思い出してく。彼女との会話で特に盛り上がった話題があったことを思い出した。
『ローマの休日』。あの有名なアメリカ映画だ。彼女はこの映画がなによりも好きなのだと言っていた。システムエンジニアから解放されて自由になりたいと今でも思っているのだろうか。
「どうかしました?」
ぼうっと過去の事を思い出していたからか、そんな風に聞かれてしまった。正直なことを言えるはずもなく適当に言葉を濁す。
「そういえばあの現場にいつまでいたんですか?」
濁した言葉の先に思いついたのはそんな、些細な言葉のつもりだった。
「あっ、つい先月まで」
嬉しそうにその時のプロジェクトに最後まで参画できたことの喜びを伝えられたけれど、ほとんど耳に入ってこない。自分と同じ境遇なわけではなかった。彼女がプロジェクトを最後までやり遂げている間にこちらは2つのプロジェクトをたらいまわしにされていただけ。そこにどれくらいの差があるのかは分からない。もしかしたらないのかもしれない。
エクスカリバーはどこに刺さっているのだろうか。ついそんなことばかり考えてしまう。自分で抜こうとしなければ抜けるはずもないのに。
ローマの休日のように自由を手に入れたければ自ら飛び出せばいいだけなのに。
なぜそんな簡単そうなことが出来ないのだろう。
いつまでもそんなことを考えてしまう。だからダメなのだと知りながら。
なにも、何もできないでいる。そんな3年目の冬だった。
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