うどん・学園祭・輪廻転生

 第23回うどん大食い選手権大会。

 そう書かれたのぼりが秋の風にバサバサとゆれている。岩手にわんこそばという食文化がある。椀に入れられたそばをすすりきると隣からすぐさま追加のそばを入れられて蓋を閉めるまでそれが続くというものだ。今回ここではそれをうどんでやるという企画らしい。そばに比べて太いうどんでその企画をやるというのも無謀だと思うが、まあ大学の学園祭のいち企画とすれば盛り上がるだろうし悪くはないのだろう。

「神谷もそれでるのか?」

 振りむけば同じゼミの見知った顔がいた。お笑い芸人にいそうなジャニーズといえばなんとなく顔が想像できるだろうか。そんな中途半端なやつである。しかし、人気はあったはずだ。俺みたいな、おとなしい奴にもこうやって声をかけてくれる。男子女子ともにこいつをうざいと思ってはいても心底嫌いなやつはいなそうなやつ。

「もっ、てことはあなたも?」

 俺の言葉にそいつはにんやりと笑みを浮かべる。

「こんな面白そうなことやらない手はないよな」

 そんなに面白いかこれ?と疑問に思わないでもないが出る手前そんなことは口に出せず、そうだねと肯定しておく。

「さて、少しでも腹をすかせておかないとな!運動!運動!!」

 そういってそいつは駆け足でどこかへ行ってしまった。食前にそんなに運動して大丈夫かとも思うがそれは個人差というものだろう。だいたいライバルになるのだからそんなことは気にしてちゃいけない。俺はなにがなんでも優勝しなければならないのだから。

「まもなく第23回うどん大食い選手権の出場参加募集をしめきりますー。出場したい方はまだ枠が残ってますので運営本部までおこしくださいー。なお、優勝された方にはうどん1年分を差し上げますー」

 そう俺はあれがなければ残り半年の学生生活生きてはいけないのだ。就職が決まらず就活に追われる日々で食費を稼ぐバイトをしている余裕はない。しかし、食わなければ死んでしまう。どうしていいかわからずおこぼれ目当てで練り歩いていた学園祭で偶然見つけたこの大会。悪くない。優勝できれば希望が見えてくる。そしてなにより優勝できる自信があった。俺はうどんの生まれ変わりなのから。

「僕はうどんの生まれ変わりです」

 そう書いた小学生時代の作文……クラスのみんなに笑いものにされ当然ついたあだ名はうどん。俺は事実を言っているだけなのに誰も信じてはくれない。小学校6年間うどんと呼ばれ続けて俺の心はすっかりすさんでしまった。

「やーいうどんー。お前の髪の毛食ったらうどんの味するのかー?」

「あー、うどんがうどん食ってるー!共食いだ共食い!いけないんだぞー共食い!」

 そんなことを言われ続けて素直に育つ方がどうかしている。

 中学からはそのことをひた隠しにしていたわけだが、それでも心の奥につっかえたモヤモヤは消えず。うどんだったことを親にも言えない自分を後ろめたく思っている人生。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。この中で一番多くのうどんを食べればこの先の人生が楽になる。いや、ここで優勝できなければこの先、生きていける保証がないのだ。他に術がないのだ。


「さあ、それでは始まりました!!第23回うどん大食い選手権大会!参加選手の紹介をさせていただきます!」

 ステージ上から観客を見ても盛り上がっているのが伝わってくる。それに呼応するように司会の人のボルテージも上がっていく。

「エントリーナンバーズ1番!経済学部ながらもその体格は体育学部並み!こんかい真っ先に手を挙げた優勝候補の一角でもあります。佐藤智也さとうともやー!!」

 オオオォォオオォォォォ!

佐藤がアナウンスに合わせて手を振ると観客から声援がとぶ。

「続きましてエントリーナンバー2番!工学部随一のお調子者でそこそこのイケメン!口説いた女の数は大学いちか!?はたしてその胃袋の大きさは気になるところ。高遠慎一たかとおしんいち!!」

 キャーー!

 さっきよりは黄色い声援が多い。さっきのジャニーズ芸人だ。ほんとに運動してきたのか汗がにじんでいるのがわかる。

「さあ、いよいよ本命の3番!大食いと聞いたら真っ先にこの男を思い浮かべる人も多いでしょう。大学であるいていれば100m離れていてもわかると噂の巨漢!長崎缶助ながさきかんすけ!!」

 オッス!!

 統率された声援が会場を包み異様な空気の中、長崎が会釈する。その大きさはさすがにビビる。

「4番は紅一点だ!その細い体からは信じられないほどの食欲、ギャル曽根の妹とすら噂される食べっぷりに注目!曽根そねみちるー!!」

 わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 今回一番の声援が飛び交う。確かに有名な人だ。テレビにも出たことがるんじゃなかったか確か。

「さてさて最後です。君はいったいだれなんだ!一切情報なし!目立つこともなく暗いからと言って注目されるわけでもなく。とにかく地味に生きてきたこの5番!しかし!私は知っているぞー!!小学校のあだ名を忘れるはずもない!うどんの生まれ変わりといったらこの人!ミスターうどん!神谷裕介かみやゆうすけだー!!」

 会場がどう反応していいかわからずざわつく。そんなことより驚いたのはこっちだ。司会を訴えた目で見ると目があった。その瞬間ウインクまでしてくる。その仕草には見覚えがあって……いた!小学校に確かにあんなやついた。偶然同じ大学だっていうか。ついてないとしか言えない。よりにもよってあんな紹介のされかたをするなんて。あー。またうどんと呼ばれる日々が始まってしまうのか。

「さぁ、以上5名で競ってもらいますよ。それでは準備はいいですか?レディー……ゴー!!」

 こっちの最悪な気分をよそにスタートが合図される。もうやけくそになって食べた食べ続けた。優勝できなくても今日1年分食べてしまうつもりで食べた。胃が痛くなろうがかまわなかった。そもそも前世では俺はこのうどんだったのだ。食べすぎとかあるはずがなかった。そして気がついたら気を失っていた。

 結論からいこう優勝はできなかった。あのジャニーズ芸人が優勝したらしい。まさかの大波乱で会場は大いに盛り上がったそうだ。一方気絶してしまったが俺も2位につけていたそうだ。あと一歩のところまでったということで俺の人気も上がったとか上がらないとか。そしてそんな俺にもいいことが一つだけ起きた。必死に食べている俺の姿と生まれ変わりのエピソードを詳しく聞いた企業がうちに来ないかと声をかけてくれたのだ。なんでもおいしそうに食べる姿と過去のエピソードを聞いてうどんが相当好きなのが伝わってきたからだというのだが……世の中なにが起こるか分からない。当面はうどんのPRを企画してほしいと頼まれた。君にならできそうな気がするんだと言われてしまった。とりあえず、うどんに生まれ変わるCMでも作ろうかとぼんやりと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る