伝書鳩・ピンポンダッシュ・SONYのワイヤレスヘッドホン

 今日と言う日をどれだけ待ちわびたか。陽葵ひまりは胸を踊らせながら、家路へと急いでいた。おこづかいを貯めて注文したSONYのワイヤレスヘッドホン。それが今日家に届くのだ。

 ノイズキャンセラーが何よりも楽しみだ。雑音がカットされるそれは家電量販店で試聴した時に確認済みだ。電車での雑音が苦手な陽葵にとってそれは大事なことだ。

 ただいまー!と誰もいない家に向かって声をかける。テンションが上がってしまった結果だ。この喜びを誰かに伝えたくてたまらない。制服を脱ぎ着替えると、いつ荷物が来ても良いように印鑑を用意して待ち構える。

 時間指定はしてあるし、今日も特にトラブルなく家路に着くことができた。時間指定が二時間の間しか設定できないので最大二時間待たなくてはならないのが難点だが、これまで我慢してきた時間に比べれば大したことはない。ほんの一瞬だ。

 いつでも玄関にダッシュできるようにリビングで待ち構える。お気に入りのプレイリストを作成しながら待つことにした。どの曲をどの順番で聴けば幸せな時間が訪れるだろうとワクワクしながら、最高のヘッドホンで最高の音楽を楽しむのだと。心待にする。

 ピンポーン!

 家のチャイムが鳴らされる。そしたらもうダッシュだ。玄関までダッシュ。これがピンポンダッシュと言うものだ。はーい!と返事をしながら勢いよく玄関のドアを解き放つ。

 おや。だれもない。不思議そうに辺りを見渡すが人の気配も宅配便の車の姿も見えない。まさかピンポンダッシュ?こっちが本当のピンポンダッシュ?

 人がせっかく楽しみにしているというのになぜこのタイミングでこんなイタズラを仕掛けてするのか。でも、まあいいさ。そう今の陽葵は機嫌がすこぶるよい。こんなことで気分を害したりはしない。

 扉を閉めるとすこし不安になったので鍵をカチャリと閉めた。リビングに戻ると先ほどの続きだ。至福の時を妄想しながらプレイリストの作成に入る。するとすぐのことだ。

 ピンポーン!ピンポーン!

 二度とチャイムが鳴った。今度こそと再びダッシュ。私がホントのピンポンダッシュ。

 玄関の扉を解放するとそこには……やはり誰もいない。またイタズラなのか。私とピンポンダッシュの勝負をしたいのか。よく分からない考えが頭を巡る。

 くるっくぅ。

 なにかが鳴いた。鳴き声からして鳩だ。しかし、辺りに公園なんてなくて、鳩なんて見かけたことがないというのに。どこから。

 くるっくぅ。

 足元から聞こえた。恐る恐る視線を落としてみる。そこには真っ白な鳩がいた。公園とかにいるやつではない。平和の象徴とか言われるやつだ。

 なぜ鳩?

 当然の疑問が浮かんでは消えて、陽葵は扉を閉めた。鳩が悲しそうな顔をしていた気がするが気のせいだろう。

 いや、しかし。どうしても、気になるので。陽葵は玄関に待機する。するとどうだろう鳩が羽を羽ばたかせ飛び上がるとチャイムをつついた。

 ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!

 続けて三回だ。

 見てはいけないものを見てしまった気がする。覗いていた先から鳩と目があった気がした。

 恐る恐る扉を開ける。先ほどと同じように鳩がそこにいる。なんなのだこの鳩は。よくみてみると、首から手紙を下げている事に気づく。

 君は伝書鳩なのかい?そう問いかけてしまうが当然返事はない。差し出すように首を高らかに上げようとする鳩から手紙を受け取った。

 そこにはこう書かれていた。『お届けに参りましたが不在のため持ち帰りいたします。再配達を希望の……』そこまで読んで書いてある電話番号に即座にかける。

 なんでだ。時間通りに家にいた。チャイムはなったけど鳩だ。受け取り損なうなんてことがあるはずがない。

『再配達の電話受付は終了して……』そのアナウンスが流れ終わる前に陽葵は電話を切った。

 まだだ。まだ諦めてはならない。集荷場へ直接取りに行くのだ。ダッシュすればまだ間に合うはず。陽葵はそう決意して、息を吸い込むと一気に走り出した。

 残された鳩はよく分からなそうにチャイムを再び鳴らす。そこへ、宅配便のトラックがやってきた。陽葵がそれを知ることはない。

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