【目標達成】三題噺を毎日投稿を続けて1年間!三題噺集

霜月かつろう

炊飯器・マニキュア・カーテン

 部屋のカーテンから吹き込んでくる風を受けながら、奏多かなたはベットの上でぼんやりと、部屋の中をぐるりと見渡した。やらなくてはならない現実を突きつけられる、非常に苦痛なその行為から逃げることができない。いや、逃げ続けていたからこの現状になってしまったのだ。

 異様に散らかった部屋を来週までに片付けなければならない。これは引っ越しが決まった今、最優先事項だ。

 退職が決まったのは突然のことだ。特になにかあったわけではないのだけれど、職を変えたいと漠然と考えてしまった奏多は実家に帰ることにした。家賃の更新も面倒くさいし、なにより更新料が高くて嫌になってしまったのもある。田舎とはいえ持ち家があるのは強みなんだなと、ぼんやりと思う。

 しかし、それも全部後悔に変わっている。すべてにおいてやる気がでない。時間が中途半端にあるのもいけない。まだ動かなくても最悪のことにはならないと思っている。だから動こうとしない。いや、動きたくない。

 カーテンが風によって膨らんで視界をふさぐ。邪魔になっているし、どうせだから外してしまおうかと頑張って立ち上がった。カーテンフックを丁寧に一つずつはずしてから買ってから一度も洗ったことのないそれを洗濯機へとぶち込んだ。電源を入れ、洗剤を適量入れ、スタートボタンを押す。

 ふとお腹がすいていることに気付いて、買い物に行こうかと思う。が、部屋に残っている食材を片してしまわないといけないと思い直し、お米を炊くことにした。実家が作っていることもあって、ちょくちょく送られてくる米は大量に残っていた。あと、一週間で食べきれるだろうかと心配になりながらも、計量カップでお米をすくう。

 1合。しかし。どうしたものか。部屋の掃除ってどこから手を付ければいいんだっけなと、身に付いた一人暮らしのさぼり癖が作業の手順を忘れさせる。2合。カーテン干す場所を雑巾で拭いておかなくては。ベランダの手すりなんて掃除したことなかった。3合。とりあえずごみを集めてまとめて捨てないといけない。電池ってどうやて捨てればいいんだっけ。あとで調べないと。4合。おかず何にしようかな。卵がまだ残ってたか。あるならそれでいいかな。

 そこまで考えて奏多の手はようやく止まった。4合の米が入った炊飯器はいつもより、白い部分が多く見える。3合炊きのその炊飯器の中にある4合の米は主張が激しく感じられた。

 ちょっと考えてからいつものように研ぎ始める。そしていつもより水を多く入れて、炊飯のボタンを押した。

 どうにかなるだろう。そんなことより、今大事なのは目の前のものをどうやって整理するかだ。

 米が炊けるまでの約50分。それまでにやるべき区画を決めていく。とりあえず、日常で使うところは後だ。普段触らない場所から片付けるべきだろう。

 そうして、本の山から手を付ける。段ボールを組み立てその中へ本をしまっていく。別に読書家なつもりもなく、いらない本がたくさんあることに気付いたので、近くの古本屋に買取に出すことを決めて、段ボールのふたを閉めた。

 そのころには洗濯機が止まり、米が炊きあがっていた。そっか、同時になるのか。少しだけ後悔しながら卵を手にすると、目玉焼きを作る。3合炊きの炊飯器で炊かれてあ4合の米は少しも、変なところがなくいつもとおんなじに見える。なんとかなるもんだとちょっとだけ片付いたテーブルの上で軽く食事をとった。

 物を食べると不思議なもので、少しだけやる気が出てくる。よしっ、と動き始めたやる気を奮い立たせてより強固なものにしようとする。

 かくして作戦は成功。奏多は部屋の片づけを進めることに成功する。

 そうして出てきたひとつのマニキュアとにらめっこをしていた。

 はて、だれのものだろう。自分で使ったことはなく、彼女を家に連れてきたこともない。ならばこれは何なのだろう。マニキュアではないのかもしれない。だとしたらなにかと問われるとなんにも浮かばないが。

 するとマニキュアが突然揺れ始めた。地震ではない。ほかのものは一切動いてはいない。

「やあ。ぼーっとしてないで早く片付けたほうがいいんじゃなかい?」

 どこからか声が聞こえてきた。おどろいて飛び上がった。なにが起きた。いや、わかっているマニキュアが相変わらず動いているからだ。

「ねえ。早く起きて片付けないと終わらないよ」

 再びそう話しかけてくるマニキュアが恐ろしく感じられる。

「な、なんでしゃべれるんだ」

 マニキュアに問いかける。答えが返ってくるかどうかはわかならないが。

「なんでって決まっているじゃない。君が起きないからだよ」

 以外にも答えが返ってきた。

 ん?マニキュアがしゃべることに夢中だったが、妙なことを言っているのに気づく。これは夢なのか。起きればいいのか。そりゃそうだ。見知らぬマニキュアがしゃべりだすなんてそんなことがあるはずがない。

 起きる。そう決めて夢では起きている上体を起こそうとする。

「んー」

  そうして奏多はベットの上で伸びをしていた。なんだか悪夢を見た気がするが、忘れてしまった。朝日が昇り始めている。こんな早くに起きたことがあったか。いや、明るいせいだ。あっ、カーテン。慌てて、洗濯機からカーテンを取り出すとベランダに干す。昨日雑巾でしかっりと手すりは掃除しておいた。少しばかり洗濯機の中で眠らせてしまったが今日はいい天気だし大丈夫だろう。

 ふと、テーブルの上のマニキュアが目に入った。おや?これはどうしたんだっけ。電池と一緒に捨て方でも検索するかとスマートフォンに奏多は手を伸ばした。

 その時、マニキュアが動いたかどうかはだれも知らない。

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