TS令嬢は無関心
煙道 紫
第1話 日常
じりじりと焼けるような暑さが窓から照り付ける。
現在、8月22日13時ちょうど。普段から運動不足を感じている私には何分厳し過ぎる暑さだ。目覚めた私は日課の散歩の準備をする。
両親が交通事故で死に、遺産と家と土地が残った。仲の良い両親が死んだことで精神的に参っていた私が仕事を続けるには余りにもしんどかったし、大企業で働いていた親はそこそこ裕福であった為、贅沢をしなければ成人男性の一生分位は賄えるだけの財産があった。生前、私の口座に金を入れてくれていたので相続税が少なかったのは感謝に堪えない。
結婚もせず、言うまでも無く孫の顔も見せる事が出来なかったのが何よりも心残りであったが、両親は私を無理やり結婚させようとはしなかったし、私自身20の前半で結婚など考えられなかった。入社したばかりで忙しく両親との時間を作れなかった事が後悔として私の胸に残るが正直な所、どうしようも無かったという思いも僅かにあった。
天涯孤独。
私が行動を起こさない限り、これが現実になるであろう事を薄々感じながら、それでもこうして昼過ぎに起きるのは私がどうしようもなく怠惰な人間である事を証明していた。
最近はせめて、健康の為にと散歩をするようにしていた。
夜間のネットゲームで酷使した目を擦る。適当な服を着て近くの公園まで散歩する。
公園で軽い筋トレをした後に、帰路に就く。
1日の内で買い物とこの散歩以外の時間は家の中に引きこもっている。エアコンを利かせた部屋の中でテレビかネットゲームをしながら過ごす。それが私の日常であった。
今日はネットゲームに熱中していた。近年VR技術が発展し、それに伴いネットゲームもブームになっていたが、正直私には合わない。
VRゲームは脳波を読み取り、まるでその場に居るかのような現実感を売りにしているが、例えば激しい動きをするアクションゲームについては現実離れした動きに脳の処理が追い付かず、VR酔いをし易いと言う致命的な欠点を抱えていたし、レーシングゲームについては未成年が現実世界で事故を起こす事例が多発した為、成人した人間でないと買うことが出来なくなっていた。
VRで最も盛り上がったのは一人称視点のFPSという戦争ゲームで、現実にある銃や兵器を使い敵を制圧すると言う内容であったが、これに関しても海外で未成年が事故を起こしたので社会問題になっていた。
ヴァーチャルリアリティ。
そのあまりの現実感(リアリティ)に現実とゲームを区別出来ない。未成年の脳が追い付いて行かないのだ。
私はこの技術を人類には行き過ぎたものであると考えていた。技術の発展が人類の脳の領域を越えたと。
VRの発展はネットゲームを再度照らした。今まで、据え置きゲーム機や手軽なスマートフォンゲームばかりが注目されてきたが、それに飽きた人間達がネットゲームに目を付けた。ネットゲーム業界に再度光が当たった瞬間で、高い(約70万円)VRゲーム機の本体に金を使うならネットゲームに課金して強くなろうと言う人間は私だけでは無かった。
一時期、過疎と言っても良い状態だった3DのMMORPG『流星神話~ミーティア~オンライン』。22の職種と広大なマップが高校生の当時、「自由度が高い」と評価を受けていたネットゲームが再度盛り上がってきたのだ。
私は現在メインで使用しているプリンセスの装備を組み立てていた。サブで使っている錬金術士と回復魔導師の貯蓄を全てと1キャラクター1つしか手に入れる事が出来ないアイテムを3つ。約半年掛けて周回し続けたダンジョンのレアアイテムを10個。
ネットゲームは装備を作るのに兎に角時間が掛かる。課金すればある程度は強くなるが、その先へ向かうには課金に加え、高難易度クエストの周回を重ねて吐き気のする(文字通り)時間を過ごす羽目になる。
そんな装備がやっと作り終えた。
これで遺憾無くこのゲームを辞められる。
ネットゲームはアップデートを繰り返して無限に続く。しかしながら人生は有限で他の事に時間を割かなければならない。
私の冒険はここで終わりだ。
飽きるまでやった。その実感こそゲームの醍醐味。
もういい時間だ、ベッドに入って寝るとするか。そう思って立ち上がれば全身に冷や汗が流れ血圧が急に低くなる。
エコノミー症候群。
脳裏に浮かんだ病名を最後に私の人生は終わった。
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