シーソー

びしゃご

  シーソー


 大学の講義を終えて、すぐに向かう…


 車を降りて病院の中に入る、

 喋っていた看護士二人が、私を見て頭を下げてくれる…

 妻の部屋に入る。


 寝てる優子が透析を受けている、毎日大変だろうけど、ごくろうさん、


「どうだ? 調子は?」


 細くなった首を向けて、虚ろな目で応えてくれる。


「あなた、毎日、ありがとう」


「すまない、明日は、どうしても外せない出張があって来れないけど」


「いいですよ」



 沈黙が続き、つい出た言葉が、

「あれ録画しといたよ」


「あれ…ですか?」


「大河ドラマの最終回、なかなか良かった」


 寝ていた妻はゆっくりと背を上げて笑った。


「ありがとう」



 主治医が言うには、この笑顔を見続けられるのは、もう数日。

 いつ、どうなるか分からない、

 明日、どうなるか分からない、

 だから、今、伝えたい事がある。


 妻のついた『やさしいウソ』への感謝の言葉。



「あの…優子…新婚旅行…」


「どうしたんですか?」


「沖縄行ったよな」


「はい」


「俺が行ったこと無いから行きたいって言ったら、お前も行ったこと無いって言ったから、沖縄に決めたんだよな?」


「そうですよ」



 最近、妻の実家に行った時、写真を見つけた。

 唇を噛み笑う若い時の妻の写真。

 一人旅と分かる写真。

 沖縄だと分かる写真。


 胸が熱くなる…

 目頭が熱くなる…



「おまえ…行ってたんだろ?」


 妻は笑顔で、胸を張るように…


「はい」


 言ってくれた…


「ありがとう」


 震えながらも感謝の言葉を伝えれた…




 後日、妻はいなくなった。


 あの時、


 孤独な男と女が、出会ったクリスマス



 チャペルの鐘が聞こえる




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シーソー びしゃご @bisyago

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