食事-3(さしあたっての解決について)

「結局のところ、このパイはどうするんだ? 俺たちでは食べられないぞ」

「使用人に下げ渡すか、アルゴスに返すかのどちらかになるだろうな。あまりどちらもやりたくはないが……」

咎めるようにヴィクターが視線を寄越したので、リロイは困ったように首を振った。

「本気で言っているのか? 議会に顔を出すのであればディアナに渡せば良いだけの話だろう、さして会いたい人間でもないが」




議会の建物まで来たリロイとヴィクターは花の刺さった篭を眺めながら、白い廊下を歩いていた。あまり人のいない区画であるこちら側は人の気配があまりない。

「俺が来る必要はあったのか? パイを受け取ったのはヴィクターだろう。俺がいては話がややこしくはならないか」

「今更だろう。こうなったら最後まで見届けろ。……それと、ディアナの話が長引きそうなら引き剥がしてくれ。俺はいつまでも話をしているわけにはいかない」

そちらが本当の狙いだろうな、とリロイは思った。ディアナは時間と退屈を持て余している。この議会のある建物の中でこそ自由にできるが、事実として軟禁されているような状態であるのは間違いなく、ディアナは客人に飢えている。来るたび長話に付き合わされるのでは、それこそたまったものではなかろう。それは流石のリロイにだってわかる。

「この辺にいる気がしたんだが……」

角を曲がれば、そこに女王がいた。

「……やあヴィクター、珍しいね。会いに来てくれるなんて、何かあったのかな」

胸までしかない背丈、見た目にそぐわぬ低められた声に金の巻き髪。大きな銀の犬を連れた由来不明の少年はディアナ。歳をとらず眠らない彼は、議会所属の女王だった。

「アルゴスからの賜り物だが、コンタミがあったので返しに来た。お前の荷物だろうこれは」

ヴィクターは抱えていた篭、女王のパイを差し出す。篭を見てディアナは何かを悟ったらしく、『ああ、これか』と言った。

「確かにそうだね、でも、私はこれを食べられない。食べてはいけないんだ。理由はわからないが、口にするわけにはいかない」

「神託か? 一体何が起こると言うんだ? それは見えるか?」

「私がこの世界に生まれなくなる。かなりの影響が出るだろうね。うん? 影響が出るらしい。つまりまだ私は生まれていない……」

口元に手を当て、考えこむようにした女王の話を一方的に打ち切り、ヴィクターは質問を変えることにした。リロイはヴィクターに同情する。『神託』は不完全だ。未来視を受けたディアナはこうして断片的な言葉を連ねて黙り込む癖がある。長く聞かされるのはたまったものではなかろうな、と嫌でもわかる。

「詳しいことがわからないということは把握した。これから俺たちはどうするべきだ?」

「さあね。それは知らないな。議長に聞いてみたら? 多分もうすぐここを通るよ。もう行くね。自分がここにいては良くなさそうだ……」

そう言ってディアナは去って行った。銀色の狼めいた犬、ドゴの尻尾がゆらゆらと揺れ、曲がり角に消える。ヴィクターはリロイを見た。二人は顔を見合わせる。先に口を開いたのはヴィクターだった。

「女王の言った良くないこととはなんだろうな…… しかしどうもあの様子だと本当らしいが」

女王が話を切り上げるというのは珍しい。良くないことに巻き込まれる女王というのも見てみたかったような気がするが、とヴィクターが言ったので、リロイは軽く肩を小突く。鋭い突きに、ぎゃ、とヴィクターは声を上げた。



「……いや、しかし何でもかんでも議長に聞くというのもな」

また何かしたのかと言われるのはそれはそれで嫌だぞ、と言うので、リロイは曖昧に肯定した。

「では、どうするんだ?」

「おまえのところのメイドに下げ渡すのが良いんじゃないか?」

話しながら廊下を歩いていると、執務室の傍で夜フクロウ、議長のアマンダが助手を伴って書類のやりとりをしていた。議長は立ち止まった二人に気が付き、リロイへ視線を寄越す。

「リロイか。ここで何をしているんだ。頼んでいた書類の提出日はまだ先だったはずだが。なにか不備があったか?」

「いえ…… そういうわけでは。アルゴスのことで、少し…… 問題というようなことでもありませんがトラブルがありまして」

議長は不機嫌そうにため息をついて手振りだけで助手を下がらせた。

「助力を願おうと? 一体何だ、そのトラブルというのは」

リロイが促すと、ヴィクターは篭を差し出した。議長は目の前に差し出された篭の蓋をちょっと開け、中身を覗いた。

「お前たち、共謀してアルゴスを殺したのか? 香辛料の利いた家庭料理とは良い趣味をしているじゃないか」

表情一つ変えずに皮肉めいたことを言う議長に、嫌なことを言うものだなとリロイは思った。

「これはヴィクターがアルゴス本人から貰い受けた品ですが、ご覧の通り本人の肉が入っています。人体の構成物を取ることで魔術的な汚染が危ぶまれるのはご存じかと思われます。そうして処遇に困り、こうしてお声がけに至ったという次第です」

議長はじっと篭を見た。

「そうか。しかし、アルゴスの肉か。……行き先に困っていると言ったな? 私がもらっても良いだろうか」

「ええ、勿論……」

リロイは反射的に答えてからぎょっとした。議長は気を悪くしたのか、化粧をした顔を僅かにしかめた。リロイはどうにも気まずい思いをした。小柄な議長が睨むような視線を向けると、顔を伏せて逃れることができない。不機嫌そうな顔の議長は目を瞬いてから言葉を続ける。

「検分がしたい。別に驚くようなことはないだろう」

「いえ、予想外の言葉に理解が遅れただけのことです。行き先が決まらず困っていた所でしたので、引き取っていただけるのは大変助かります」

議長が手を伸ばす。促され、ヴィクターは黙ったまま篭を差し出した。

「確認を。貰ったものは検分するが、余りはひとかけに至るまで返さない。それでいいか?」

そうしてくれると助かります、とリロイは言った。良しとしたのか、議長は素っ気ない返事をして待たせていた助手の元へと去って行った。



「なんだったんだろうな、頼みの綱であるアルゴスは出掛けているようだったし」

「さあな。なんにせよ解決したのは喜ばしいことだと思うが…… 結局何もわからずじまいだ」

隣ではヴィクターがマントの裾をはためかせながら、白い廊下を歩いている。用は済んで、残ったのはなんとも釈然としない空気感だけだ。アルゴスの言う祭りが何のことだったかさえ解明は成されなかった。リロイはため息をついた。

「帰る……」

リロイが言うと、ヴィクターはちょっと笑って肩をすくめた。

「それならこの後、どこかへ寄っていかないか? 街へ出て腹を満たすようなものを見繕うのも悪くない。そうだろ?」

「……先ほど昼食を食べたばかりだと言わなかったか? ああ、だが、そうだな。ちょうど薬草の種を切らしていた。方向が一致する所までは付き合ってやってもいい……」

決まりだな、といって、ヴィクターは篭が消えて空になった左手でリロイを掴んだ。右の指で空間を切り裂き、時空間移動用の短絡路を開く。

「おい待て、ヴィク、どこへ連れて行く気だ」

「ついてからのお楽しみと言うことでどうだ? 安心しろ、財布の紐は解かさせない!」

光を放つゲートにリロイを引っ張り込み、ヴィクターは笑った。二人分の体を飲み込んだゲートがパチンと閉じると、白い廊下には何も残らなかった。

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