4-14 ☆

 重ねられた口唇が、僅かに離れ、再び角度を変えて押し付けられる。

 赤味がかった金糸を掻き抱く骨ばった指が、耳朶の後ろからうなじへと行ったり来たりを繰り返した。その都度、小さな吐息を零す珊瑚色の口唇を食むように、ルトフィーのそれがちゅ、ちゅ、と濡れた音を小さく立てる。

 釣られるように、少女が僅かに口を開くと、ぬるり、熱いものが差し込まれる。


「ン、ん……っ、ぁ」


 互いに舌を追い、追われ、吐息を絡ませ、熱を溶かし合い――気づけばしっかりと整えられていた寝具が半分以上、ずるりと床へと落ちていた。知らない内に、ヒュマシャの短靴イェメニは脱げていたようで、ずり落ちた寝具の中に共に埋もれている姿が見える。

 寝台の奥へとずりずり移動する少女に焦れたように、ルトフィーもまた寝台ベッドへと膝をかけ上がってくると、自身の短靴をやや乱暴に脱ぎ、ぽいっと後方へと投げやった。寝具を掻き分けいざる青年に「自分だって膝立ち移動じゃない」と口唇を尖らせてやれば、「いいんだよ、俺は」と返され、そこへちゅっ、と音高く口吻けられる。

 なんだかその態度が悔しくて、彼の腕をぐいっ、と引いてやると、体勢を崩した青年の身体がヒュマシャの真横へ転がった。同時に頭布ターバンが解け、ふわりと栗色ブリュネットの髪が額にかかる。

 見上げてくる榛色ヘーゼルいだく垂れた双眸に、少女の胸の裡がくすぐったさを訴えた。心の中が、甘く煮詰めた砂糖水のような感情で、とぷり、満たされる。


「すき」


 ヒュマシャは彼の胸へしなだれかかる様に身体を預けると、そのまま口吻けをそっと落とした。少しカサついた、自分よりも厚めの口唇。はむ、はむ、と食べるように重ね合わせると、さらりと顔の両側に流れる金糸を青年が絡めとるように撫ぜていき、その指先が再び少女の耳朶に触れた。


「俺も」


 さりさり、と地肌を這う指先がヒュマシャの後頭部へと回され、戯れのように触れるだけだった口吻けの温度が再び上がる。息を絡ませるように舌を求め、ぴちゃぴちゃと濡れた音が衣擦れの音の合間を縫うように部屋に響いた。

 じりじり、うなじの辺りが痺れ、そこから全身に熱が広がっていく気がする。触れ合った身体が、もどかしい疼きを訴えた。

 ときおりそれを宥めるように身体を捩ると、腹にゴリ、とした硬いモノが当たり、青年の吐息が一瞬荒くなる。それに気づいた身体が、深いところから、とろぉりと蜜を零し、足の付け根を一層濡らした。


「ん、っあ……ふ、ぁ」


 切ないくらいのもどかしさに、ヒュマシャが軽く口唇を離し顔を持ち上げると、ふわ、と柑橘系のにおいが舞う。


「……どうしたの?」


 髪から耳朶へ、そして頬へ、首筋へと辿り、内衣ギョムレッキ代わりにしている薄手の長衣カフタンの合わせへとかけられていた青年の指がぴたりと止まる。小首を傾げ訊ねると、やや訝しげにするルトフィーのおもてがあった。


「……いや。……お前さ、礼拝堂で会った時もちょっと思ったけど……香水変えた?」


 寝台に肘をつき、軽く上体を起こした青年が、顔を僅かに傾けながら少女の首筋へとちゅ、と濡れた音を響かせる。


「ンっ、……変えたって言うか……まぁ、うん……」

「何で?」

「…………気づかない? これ、アンタが使ってた香水よ」

「はっ?」


 青年は首筋に埋もれてた顔を持ち上げ、至近距離で少女を見遣った。その表情からするに、どうやら気づいていなかったらしい。確かに香水は使う人間自身のにおいと合わさる事で完成するものだ。同じ香水を使っていても、人によりその香り方は変わってくる。


「アンタの立場も、生きる場所もちゃんとわかってたつもりだったし、別れた事に後悔はなかったの」

「二年前?」

「うん。でも、どうしても会いたいって想う気持ちは抑えられなくて。でも会えなくて、会えなくて……」

「…………夜、泣いてたってやつか」

「っ!? え、やだ!! 知ってたの!?」

「ユーフスが言ってたからな」

「アイツめ……」


 散々世話になった恩人――図々しい事を言わせてもらうなら、兄のようにも思えていた人物ではあるが、流石にそれを本人にバラされたとなれば口は悪くなる。ヒュマシャは、チッと舌打つように唇を尖らせると、内心ユーフスに呪いをかけた。


「で、そんな時にナクシディルが、余計寂しくさせてしまうかもしれないけどって持ってきてくれたのが、このアンタが使ってた香水だったのよ」

「そう言えば、ユーフスから香水について訊かれた事があったような気がするな」

「あたしも最初は余計寂しくなるかもって思ったけど……でも、使ってみたら、一緒に過ごしているような気持ちにもなれた。この香水のにおいだけは、最初から好きだなって思ったし」

「香水の方が先かよ」

「だって初対面、最悪だったもん」


 めつけてやると、それを受けた青年の眦がふ、と皺を刻んだ。そして、そのままルトフィーは少女の痩躯を抱きかかえると、くるりと再び寝台の上へ少女を組み伏せる。

 乱れている寝具の上に、金糸が散った。


「跳ねっ返りのじゃじゃ馬のくせに……ズルいだろ。お前ほんと」

「ズルいって何がよ……?」

「俺の香水使ってたとか……なんなの、ほんと……かわいすぎるだろ」


 どこか悔しそうにそう呟く青年が、再び長衣の合わせへと指をかける。合わせを割り、薄い肌の上をツゥ、と青年の指先が滑る感覚は、こそばゆいのと同時にゾクゾクと快感を与えてくる。

 気づいた時には、上に羽織っていた紗の長衣は袖を抜かれ、腰布サッシュを解かれ――夏場という事もあり、今日は下穿きシャルワールを履いてはいなかった。ぷるりと頂を色づかせる双丘と共に薄い腹が顕わとなる。

 同時に、ふわ、と腰辺りに振りかけていた香水が漂った。


「ねぇ……。アンタは、薔薇の香水の方が好きだった?」


 ちゅ、ちゅ、と鎖骨辺りに口吻けを落として行く青年の髪を梳りながら、少女が訊ねると、青年が僅かに顔を起こし、ちら、と上目遣いに少女を見遣る。


「……いや。そういうわけでもないけど……、ただお前のにおいだって思ってたのは、薔薇だったな」

「まぁ……、化粧品が薔薇から作られたものが多かったし……女ものと言えば、薔薇なのかも」

「もともと、後宮の女たちのにおいだと思って毛嫌いしてたけど……お前のにおいだって思うと、寝所に置いておく程度には好きになってたな」

「……寝所に??」

「俺の場合、香水として使うっつーか、空気に軽く含ませる程度のもんだったけど」


 それだけで、お前を身近に感じられた。

 ――そう言うと、彼は意地が悪そうににやりと唇の端を持ち上げる。その表情に、何とも言い難い嫌な予感が脳裏を過り、ヒュマシャは眉を顰めた。


「使うと言えば……確かに使ったか」

「……? どういう、事よ?」

「言っただろ。お前を身近に感じられたって。俺が、お前を一番身近に感じたのは、最後のあの夜、抱いた時だからな」

「…………ッ!?」

「こうやって――」


 鎖骨のくぼみに舌を這わせていた青年が、その口唇を一気に下へとやり、たゆんっ、と揺れる双丘の頂をパクリと含んだ。


「ンぅ……っ」


 同時に、痺れにもにた快感が、肌のすぐ下を駆けていく。

 じゅわ、と、一瞬で秘部に蜜が滲み出た。


「何度もココを可愛がったな……とか、想像したよ」

「……ん、ァ……っ、バ、バカぁ……っ、ンぁっ」


 気づけば、いつの間にかもう片方の胸の尖りを指の間で転がされている。擽ったさと、疼きの間のような――そんな奇妙な感覚が快感なのだと知っている少女の肌が、太ももに押し付けられる硬い楔と青年の荒い呼吸に、白から朱色へと染まっていった。

 ちら、と窺うように榛色の瞳が少女のおもてへ向けられる。そこへ自身の藍晶石カイヤナイトを重ねれば、胸元を離れた青年の口唇が再び少女のそこへ重ねられ、甘い吐息を舌先で絡めとられた。

 口吻けを交わしながら、胸の頂を離れた不埒な指が、舐めるように肌を下り、足の付け根へと至る。つるり、としたその小さな丘の感触を楽しむように、指の腹が何か文字でも描くようにくるりくるりと揺れ動いた。


「ンッ! ん……、んっんっ、ふァ……ァんっ」


 きっと指をしゃぶる事など簡単に行えるほど濡れそぼったそこには中々触れず、けれど丘を刺激するその感覚に花芯がチリチリ熱を蓄えていく。さらなる快楽を求めて、知らず、細い腰が浮いた事に気づいたのか、青年の口唇がようやく少女のそれを解放した。

 そして、そのまま下へと下ったルトフィーは、少女の足を自身の身体で割ると、既に寝具に染みを作るほどに濡れそぼつ花弁へとそっと指を差し込んだ。ようやく待ち望んだ快感に、ヒュマシャの肌がふる、と震える。


「アぁあァあ……っ、は、ンっ、ァっあっ」

「は……っ、すげ……」


 指が抜き差しされるたびに、ぐちゅぐちゅとひどい音が響いた。

 少女の身体が跳ねる度に、落とされた視線の熱が絡みつく。

 蜜口に差し込まれていた指の数が、一本から二本となり、親指がその少し上で色づく花芯をコリコリと刺激してくる。背筋を一気に駆け抜けていく快感は、もはや強すぎて苦痛に近い気さえする。


「ア……ッ、や、もう……、無理……っ」

「あぁ……、俺も、も、限界……ッ」


 ルトフィーはそう言うと、素早く自身の衣服を投げ捨て、ヒュマシャの手を取り、彼女の上半身を起こさせた。そして、筋肉のついた腹部にそのままつくかと思うほど勃ち上がったソレを、少女の足の付け根へ擦りつける。

 透明な雫を滲ませたその歪な先端が、その都度、花芯へと触れてきて、痺れるような刺激に少女の細腰が知らず、さらなるものを求めたのか前後に軽く振れた。溢れ返る蜜を絡めたその赤黒い楔が、一層その硬さを増していく。


「……は、ァ……んぁ、ァ、も、ルトフィーが、欲し……っ」

「は……ッ、ほんと……お前、最高……っ」


 息を短く吐いたルトフィーは、自らの手で御したソレをまっすぐ少女の花弁の真ん中へと押し込んでくる。同時に、切ないほどの疼きを訴えていたそこが、一瞬で圧迫感に満たされた。

 二年前、重たい痛みしかなかったその瞬間が、嘘のように気持ちいい。


「ン、あ……っ、ふ、ァ……」

「……ッ、は、……ッ、痛み、は……?」

「だい、じょうぶ……」


 彼の膝の上に乗るように身体を重さねた後、ぎゅ、と真正面から抱きしめられる。双丘の飾りが、彼の胸に押し付けられて、じわりと新たな愉悦が生まれた。

 青年の首へと腕を回し、真っすぐにその表情を見つめると、何かに耐えるように瞼を伏せ、眉の間に軽く皺を刻む青年の姿。ツ、とこめかみから汗が一筋流れるその様に、たぷりと満たされた砂糖水の感情が、再びその糖度を増していく。


「悪い……もう、動かして」

「ァ、ん……っ、ぁあっ、んアあぁァ」


 下からずん、と突き上げられるように熱が差し込まれると、奥でジュ、と焼け付くような疼きが広がった。寝具がシャリシャリ、衣擦れの音を立て、その音に合わせ少女の甘ったるいばかりの声を濡れた空気が吸い取っていく。

 剛直がぬるりと出ていく感覚と、入って来たときの満たされた感覚。

 そして、その後訪れる奥に響く深く思い快感に、酔い知れる事しか出来ない。


「や、あァ、……ぁ、それ、駄目駄目……、そこなんか……ッ」

「イキそ……っ?」

「わかんな……っ、ア、あッ、ぁあァああ……っあっ」

「ヒュマシャ……イって」

「や、待って、無理無理……や、ァア……あっぁアああぁアァッ!!」


 溜まりに溜まった悦楽が身体の深いところで白く弾けた。

 血が、ざ、と肌のすぐ下を走っていき、少女の背が弓なりに撓る。

 足の指がぎゅ、と丸まり、何度か細い腰が前後に振れて――絞るように収縮した花の絶頂に、しゃぶる様に抱きしめていた青年の喉が「くっ」と低く唸った。








 ザザ、と波の音が、部屋に響く。

 あの後一度果ててすぐに、会えなかった時間を取り戻そうとするかのように、すぐに口唇を交わしあい、肌の温度が互いに上がり――何度も何度も重なり合い、互いを求めた。

 気づけば窓の外が白みはじめており、「そう言えば、二年前もそうだった」と気だるい意識の中で、ヒュマシャは青年の腕に甘えるように頬を擦り寄せた。


  ――ルトフィーが国を救うのが生まれてきた意味だっていうように、あたしにもその意味があるなら……、だったらあたしは、その理由をアンタにしたい。


 不意に、かつて、あの【黄金の鳥籠】で、彼に告げた言の葉が鼓膜の奥で蘇る。


「ねぇ……ルトフィー」

「……ん?」


 同じく心地いい気だるさにうつらうつらとしていたらしい青年が、自身へと視線を落としながらどこか甘えたような声を返すのが、どうにもまだ擽ったい。互いに抱く感情の名前は知っていた。それを告げ合う事のないときでさえ、口唇だけは知っていた。

 けれど、どうにもこういう甘い空気には慣れない。でもそれが居心地悪いわけではないらこそ、尚更やっかいだ。

 どんな表情をすればいいかわからずに、とりあえず少女は殊更明るい声を出した。


「あたしね、実はすっごく幸せな星の下に生まれたんだなぁって、しみじみ思ったのよね」

「……親許から攫われ女奴隷になった挙げ句、【黄金の鳥籠】なんかにぶち込まれたのに、か?」

「そうよ。まぁ、アンタからしたらあの【鳥籠】に囚われていた時間は、悲運だったのかもしれないけど……でもあたしは、アンタがあの時【鳥籠】にいてくれたから、出会えたの」


 だってそうでなければ、一生――どうあっても一生、交わることのない人生だったはずだ。

 皇帝スルタンと、ジャーリエでは駄目だった。

 幽閉された前皇帝と、古い知己の陰謀でそこに押しやられた妾にもなれなかった新参者アジェミでなければ、出会えなかった。

 こうして、瞳を交わしあう事も。

 肌を重ね合う事も。

 こんなに、人を好きになれる事を知ることさえ、なかったのだ。


「それを言うなら、俺もだな」

「【黄金の鳥籠】になんて、幽閉された廃帝なのに?」

「あぁ。【鳥籠】なんかにいたからこそ、幸せの鳥ヒュマシャが飛んできた」


 だろ?

 そう言って、かつて幽閉場の主だった青年はくるりと身体を起こすと、再び少女を組み敷いた。そして、少女の口唇へと噛みつくように口吻けてくる。


「じゃあ、あたしの生きる意味は、やっぱアンタだったのよ。ルトフィー」


 もうすっかり慣れた口唇の感触に、唾液の味に――口吻けの熱に酔いながら、少女は彼の口唇に直接そう囁いた。


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