7-誰でも良かった

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根っからのお姉ちゃん気質、

甘えるのも頼るのも苦手です。

きっと、少し前なら、いつも通り能天気なので大丈夫です、と自ら壊れる選択をしていたと思います。

でも…ごめんなさい。今回だけは素直に言いますね。


お父さん、たすけて。


神奈川県横浜市〇〇区生米〇-〇〇-〇〇〇

霧谷涼音

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 翌日、涼音からのメールの返信を確認した僕は電車に飛び乗っていた。

 僕の住んでる栃木県都宮市からは新幹線に乗って行けばそう遠くはない。


 そして電車の中で僕は昨夜 由比ちゃんや月乃さんから聞いた

「このままじゃ死んじゃうかも」という言葉を思い返していた。

 具体的な事はわからないけど、このままにしてはおけないと考えていた。




 そして一昨日の夜の出来事も思い出していた。


 その夜、涼音は落ち込んでいた。

 話を聞くと、仲良しだったSNS仲間が突然アカウントを削除して消えてしまったらしい。よくありそうな事なのに、過剰反応だなって思ってしまい、当たり障りのないフォローをした。

「仕方ないよ、よくあることだから……。何か事情もあったのかもしれないしさ。」


 さらに彼女は涙声で続けた。

「前に、私が子供の頃に仲の良かった子が自殺したって話したよね。」

「うん。」


「消えちゃった人さ、その子に似てたんだ。」

「消えちゃった人……、のかちゃんって言うんだけどさ、ほんと似ててさ。」

「見栄っ張りで、目を離すと何かやらかしそうな性格とか、ほんとそっくりでさ。」

「私の事を、『お姉さん』って呼んっで慕ってくれていると思ってたのに。」

「何も連絡なしにアカウント消しちゃってさ。」


「……。」

 僕は黙って聞いてるしかできなかった。


「また……。」


「また置いて行かれちゃったんだ。」

「みんな、私の元からいなくなっちゃうんだ。」

「私いらいな子なんだ。」

「みんな、いなくなっちゃうんだ。」


「そうだったんだ……。」

 僕はやっとの思いで返事をした。


 彼女にとっては、過剰反応なんかじゃなかった、自分のトラウマに直結するショッキングな出来事だったんだと僕は認識を改めた。



「お父さんも、いつか、いなくなるんでしょ?」


 少し考えて返事をする。

「永遠なんかないし、いつかは離れて行くかもだけど、それは誰だって同じだろ。」

「いなくならないって言うのは簡単だけどさ、涼音さんは嘘言っても見破る人だから、正直に言ってみたよ。」


「やだ!」

「いなくならないで!!」

 間を置かず彼女は叫んでいた。


「僕ね、鏡だから、涼音さんがいて欲しいって思ってれば、ずっといるよ。」

「でも涼音さんが、いらないって思ったら、簡単に離れて行くかな。」

 たぶん、これは僕の本心。自分の生き様から出てきた言葉だった。


「うん。……いて欲しい。」


「わかった。」


「それに、僕は君のお父さんなんだろ、こんな娘を置いていなくなるはずないだろ。」


「うん、本当のお父さんじゃないから信用しないけどね。」

 彼女の声が少しだけ明るく悪戯っぽくなった。


「そういうこと言う?お父さんって呼びはじめたの涼音さんでしょうが。」

「だって、本当にお父さんじゃないじゃん。」


 その後は穏やかな会話を続けてはいたけど、幼い頃に無くした友人を思わせる友達が何も言わずにSNSから消えてしまった事実は変わらず、彼女にの傷をさらに深くしたのだろう。

 そして、翌日には彼氏との同居の件……。

 重なったな……。どうしたものか……。



 こうして彼女の元へ向かってる今でも、僕は具体的な方策なんて無かった。

 近くで寄り添って話を聞いて、少しでもアドバイスできる事があれば、してみようというほぼ無策状態。

 だた、経験的にこういう時は身近に寄り添って全てを受け入れて上げるのが良い筈という考えはあった。

 本来ならこれは彼氏の役割だと思うのだけど、彼氏が原因の一つなので、僕みたいな第三者が向かう事になった事に複雑な想いが生じていた。


 そして、もうメンタル系の人には関わらないと決めていたのに、どうしてこうなった。

 そんな事を考えてるうちに電車は、涼音と待ち合わせ場所である品川駅に到着した。



 お互いの顔は事前にパーティーメンバーと写真交換した事があるから知っていた。

 彼女は写真では美人さん。黒髪のロングストレートで色白の小顔に意思の強そうな目が印象的だった。その目にはブルーのカラーコンタクトが入っていで彼女の印象をより強力にしていた。


 でも、ネット上で自撮り顔写真をそのまま信じちゃいけないってのは常識。

 簡単に補正・修正ができるから参考程度に考えるのが正解。実際にアプリでやってみると、数分もいじってれば別人になれちゃうからね。僕自身、カメラマンとして仕事で補正や修正かけまくってるわけだけど、下手すると撮影時間よりも補正や修正の方が手間や時間がかかるから嫌になるんだよね。



 駅の中で出会った涼音は、とっても小さい女の子……失礼、女性。

 小柄で全身黒づくめの服に長いストレートな黒髪が溶け込んでいる、たぶんこの服装は彼女が愛用してると言っていたゴスロリかな。小さくて色白な顔と大きな目が印象的。……写真では「美女」って印象だったけど、実際に逢ってみると「可愛い女の子」というのが正直な感想。


 でも同時にこういう事が無ければ、自分からは絶対に近寄りたいと思わないだろうなって思えた。ゴスロリファッションの要素が大きいかもだけど、僕が仲良く接してる仲間達とは違う存在。所属する世界が違う感じがする。これは、間違って恋しなくて良いかなという変な安堵感をもたらした。



「やっほ!娘!」

「お父さんだぁ!来てくれてありがとう!」

「一応、は じ め ま し て 」

「そうだねー、変な感じだけど、お父さんはじめまして!」


 名前ではなく「娘」と呼んだのは、無意識な照れ隠しと、自分の立場を縛る意味もあった。

 涼音は「お父さんらしい、お父さんイメージにピッタリ」みたいな事を何度も言いながら楽しそうにしてる。イメージって何だよ、どうせ神経質で理屈屋のおじさんって印象だろうなと思った。


「お父さん、背が高いね。」

「あぁ、無駄に細長いだろ?」

「細長いって何それ。その通りだけど。」


 明るい笑顔の彼女、元気そうで良かった。


「娘は小さいね、身長はいくつ?」

「150だよ、かわいいでしょ?」

 彼女は悪戯っぽい笑顔になる。


「あぁ、娘はかわいいよ。」

「うん、知ってる。」

 どや顔で笑う涼音。


 それにしても、小さいってのもあって、下手すると高校生くらいに見えない事もない。ふと感じる背徳感は心の奥に埋めてしまおう。


 こうして身長180の細長いカッコ悪いおじさんと、身長150のかわいい女の子のデコボコ偽親子は赤い電車に飛び乗って彼女の自宅へと向かう。たぶん傍目には、ゴスロリの女の子とカジュアルなおじさんの不自然な組み合わせに見えてるんだろうね。


 それにしても、涼音が思ってたよりも明るく楽しそうで少し安心した。




 生米の駅につくと、とりあえず食事をすることにした。

カフェとかファミレスに行くことは、ネットオフやるときファーストコンタクトのセオリーだよね。

 二人でパスタ、彼女はチーズたっぷり、僕はペペロンチーノ。彼女はチーズとか乳製品が大好きとのこと。僕は辛いぺペロンチーノが大好き。


 ……そんな話をしていると。


「……それでさ、私、辛いの全然ダメなんだけどさ、辛いの好きな人格もいてさ。」

「そいつが辛い料理食べてる途中で自分に戻ったりすることあって……。」

「もう最悪!こんな辛い料理どうしろっていうのよ!!」

「結局、食べれなくて、お金だけ私が払ってお店から出たりするのよ、酷いでしょ!」

「結局は、誰が食べても支払いは私のお金なんだけどね。」

「逆に、私が食べたいものを注文して、気が付いたら食べ終わっていたりさ。」

「悲しすぎる。」


 なるほど。

 性格や好みが違えば、味の好みまで違ったりするのか。

 彼女の支えになればとこんな行動をしていながら、今でも興味本位で話を聞いている自分に少し自己嫌悪を覚えた。


 僕達はあえて問題には触れずに、他愛ない会話を続けた。

 普通なら、初めて会う異性に対して一人暮らしの自宅に招くなんてないし、希望する方が頭が飛んでるだろうっていのが僕の倫理観。でも、外で問題に触れると彼女はパニック起こしかねないし、外でパニックならまだいい。一般的なパニックなら多少の予備知識はあるから対応できるかもしれない。


 問題は、他の人格が出てしまった時だ。僕はまだ多重人格というのをそれほど理解してないし、どんな人格があるのかもわからないから。10人以上いるという彼女の人格達の中で僕はまだ りさ・まお・由比・月乃のそして桜花の5人しか知らないのだ。彼女たちを含めて、突然に別の人格が出てきた時に対応できるかどうかなんて全くわからなかった。

 そういった理由で、問題に暗黙の了解的に問題に触れるのは彼女の自宅でって事にしているつもり。自宅でなら何かあっても周囲の人を気に掛けず対応できるからね。




 会計を済ませてファミレスを出る。

「えっと、こっちだよね。」


 僕が彼女の自宅の方へ歩き出す。

「うん、そうだよ。 どうして判るの?」

「そりゃ住所教えてもらったから、地図は見てきたもん。」

「僕は地図を一度見れば、だいたいのとこは行けるよ。」


「えー、それ怖い!」

「なんでだよ、何かの本で見たけど、男性脳ってやつかな。」


 やがて彼女の口数が急に少なくなる。

 見ると放心したかのように定まらない目線でフラフラと歩いている。

 元々歩幅の差があるから、合わせるようにゆくり歩いていたけど、それ以上に遅い。


「フラフラしてるけど大丈夫?」

「……うん、私、帰る時っていつもこんな感じ。」

「電柱にぶつかって、電柱にゴメンナサイしたこともあるよ。」

「そんなマンガみたいな事、マジあるんだ。」


 僕はさらにゆっくり歩いて、涼音の少し後ろに下がり、彼女の歩き方を観察するかのように眺めてついていった。

 彼女は、そんな僕を気に留める様子もなくフラフラと歩き続けた。

その様子は、これって普通に「大丈夫ですか?」って声かけたくなる感じ。そういえば、頻繁にナンパされるって言ってたのを思いだした。その一因にこんな歩き方するからじゃないだろうかって思えた。





 私……。

 どうしたら良いのかわからない。


 私の頭の中は、ここ数日、答えの出ない思考に苦しんでいる。

 どうでもいいや、もう全て無かった事にしたい、死んでしまいたい。


 壊れたい。

 ううん、消えてしまいたい。

 ほんとうに、もういや!。

 誰でもいいから、私を優しく包んで。


 そして、突然の事で驚いたけど、そして悩んだけど…。

 私はお父さんに甘える事にした。


 『素直に……』 ”お父さんのメッセージには、強がらないで素直になれと書いてあった。素直に、誰でもいいから私に優しく寄り添って欲しかった。


 本当は誰でも良かったのだと思う。


 どうなってもいいから、どうせ私なんて……。

 私なんて消えてしまった方がいいから。

 誰にも必要とされてないし。

 でも、それまで寂しくて、辛いから……。


 消えたい……。

 それまでの間だけでいいから……。

 誰かに抱きしめられていたい、優しく包んで欲しい。

 たとえ、それが短い時間でも。

 私が壊れて消えるまででいいから……。



 それにしても、お父さんが怖い人じゃなくて良かった。

 思った通り優しそうで眼鏡がよく似合うおじさん。

 長身でスマートで、服はダサいけど、ちゃんとしたの着たらカッコイイだろうな。

 声のイメージとピッタリで良かった。


 来てくれたお礼に一発やらせればいいのかな?

 結局、男なんてそれよね。

 たぶん……そう。お父さんだって男の人。きっと同じ。



 頭の中が騒がしい。

 今日はいつも以上に頭の中が騒がしい。

 お父さんが来てくれたことで騒いでるらしい。私の身体のコントロール権利を持つパソコン、私の後ろでは順番の取り合いをしている。

 父さんを覗き見ようと後ろから顔を出してくる。

 もう!ほんと煩い!。


 月乃が少し離れたところから、私に冷たい視線を送ってきているけど無視。

 大丈夫、私はお父さんを好きになったりしないわ。家庭を壊したりしないわ。

 一度くらいはアレするかもだけど、それだけ。

 だた、今だけ私に寄り添ってくれるなら、それでいいの。


 とにかく、もう疲れた。

 早く部屋に戻って横になりたい、目を閉じて休みたい。

 閉じそうになる思考を必死に保って、マンションに向かって歩き続けた。




 マンションのエレベーター。

 狭いエレベーターの中でお父さんとの距離が今までになく接近する。

 目の高さにはお父さんの胸。

 このまま腕を回されても抱きしめられてもいいなって思った。

 見上げるとお父さんはエレベーターの階数表示をじっと見上げている。


 そういえばお父さん、ここまで歩いてくる間、ずっと車道側を歩いていた。

 私がフラフラ歩いていから、車道側キープするの大変だったみたい。

 その不自然な歩き方から、車道側を歩いてるんだなってのに気付いた。

 がんばってる、がんばってるって思えて少しおかしかった。


 無機質な機械音とともにエレベーターのドアが開き、私達は通路に吐き出されるように歩く。見慣れたドア、ポーチから部屋の鍵を取り出して、ドアを開ける。


 ようこそ!お父さん、私の部屋へ。

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