第5話:憤怒

 聖女に選ばれた時には、最初は戸惑いで何も考えられませんでした。

 でも徐々に喜びに包まれ、少しはダヴィドの役に立てるかもしれないと、歓喜に震えることができました。

 でのよくよく考えれば、近年現れなかった本当の聖女に選ばれた事で、大金で売られるかもしれないと恐怖してしまいました。

 ですが結果は、私の想像以上の最悪なモノでした。

 私はあまりに激しい怒りに、眼の前が真っ赤に染まっていた。


「本当にようございました、パウリナお嬢様。

 これでパウリナお嬢様もようやく公爵令嬢に戻れます」


 私の激烈な怒りの炎に、愚か者が油を注ぎます。

 私を教会の前に捨てたという本人ですから、腹立たしさもひとしおです。

 ですが私は愚か者ではないので、こいつが悪いわけではないのは分かっています。

 私を捨てさせたのは、アーシムとウリヤーナです。

 当主や正妻がやらせなくて、家臣が当主の子を捨てられるはずがないのです。

 父や母などとは絶対に思いもしませんし言葉にもしません。


「さあ、こちらでございます、公爵家の馬車でお迎えさせていただきました」


 こいつは本気で私を公爵家に戻せる事をよろこんでいます。

 そして愚かにも、私もよろこんでいると思い込んでいます。

 誰が自分を捨てた家に戻りたいと思うものか!

 私は愛するダヴィドに嫁ぎたかったのです。

 少しでもダヴィドの役に立ちたかったのです。


「まず今日は、公爵閣下と奥方様とアイリン様に会っていただきます」


 口を利くのも嫌で黙っていましたが、こいつは平気で話しかけています。

 私の怒りが理解できない馬鹿ではないと思いますが、何を考えているのでしょう?

 それに、こいつらは私を公爵家に戻して何をやらす心算でしょう?

 聖女に選ばれた翌日早々に、抵抗する教会から王家の力まで使って私を奪ったのですから、とんでもないことをやらそうとしているのは間違いありません。


「明日には王宮に参りまして、国王陛下と王妃殿下に拝謁することになっておりますので、お疲れにならないように今日の家族対面は短くなっております」


 こいつ、今わずかに狼狽を顔に出しましたね。

 公爵家の筆頭家老を務めるくらいですから、普段は心を表情に表す事などない古狸でしょうに、よほど後ろめたいことがあるのでしょう。

 まあ、私の事を嫌うアーシムとウリヤーナとアイリンが、こいつの提案を蹴って、親子の再会を拒んだのでしょう。

 醜く生まれた双子の片割れだからと捨てたのですから、会うのも嫌なのでしょう。


 ですが、畜生腹を公表してまで家に戻し、しかも国王と王妃にまで謁見させようとするのなら、よほど困った事態に陥っているのかもしれません。

 それを打開するためには、聖女となった私を利用する必要があるのでしょう。

 ならばその困った状況を悪化させて、復讐する事もできますね。

 愛するダヴィドに嫁げなかった恨み、晴らさせていただきましょう!

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